睦刻

長次との逢引を終えた澄姫は、上機嫌で自室へと戻り、いつもの忍装束に着替えた。

長次はあの女に心奪われていなかった。
澄姫の身を案じ、辛い思いをしてまで守ろうとしてくれていた。



「『私の女』、ですって…うふふ」



嬉しそうに身を捩り、呟いて、踊り出す勢いで澄姫は長次たちの部屋へと向かった。


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澄姫が6年長屋に着くと、小平太に腕を掴まれ部屋に引きずり込まれた。

「澄姫、やっと来たか」

仙蔵が待ちくたびれたと大袈裟に肩を鳴らし、文次郎が説明しろ、と不機嫌そうにしていた。
部屋を見回すと、上級生ではなく6年生だけがおり、澄姫は首を傾げる。

「今日は5年生や4年生はいないの?」

「ああ、あまり大人数で集まっても鬱陶しいだけだからな」

「確かにそうね」

そう納得すると、澄姫は長次の隣に座り、伊作が口を開いた。


伊作が事のあらましを説明し終わり、文次郎と留三郎が悔しそうに長次を睨む。
そんな武闘派2人の視線などものともせず、長次は町からの帰り道で澄姫と決めたことを小さな声で話した。
それに同意した伊作と仙蔵は、今後あの新木心愛という女がどう動くか、取り巻きが居なくなった今、澄姫と仙蔵に対して何か行動を起こすのではないか、とかたや真剣な、かたやげんなりした顔で話し合っていた。
文次郎と留三郎は鍛錬が足りなかった、不甲斐無い、そう叫びながらいつの間にか夜の闇に消えていった。

「なあなあ、澄姫、よかったな!!」

仙蔵と伊作の話を聞いていた澄姫は、いきなり上機嫌な小平太にそう言われ、くるりと振り返り視線を向ける。
ニコニコと笑った小平太は、長次をぐっと引き寄せて肩を組む。

「長次、惑わされてなかったな!!」

「…小平太、心配掛けて、すまなかった…」

「いいんだ!!塹壕掘ってて偶然医務室の床下で聞いた時はびっくりしたけどな!!」

まるで大型犬のように長次に登ったり飛びついたりしている小平太は、こっそり寂しかったのであろう。やっといつも通りの雰囲気に戻った学園が、こんなに居心地がいいものだったとは。
小平太は嬉しそうに長次にじゃれつきながら、はっ、と何かを思い出したように動きを止めた。

「でも残念だな、長次がアレに惑わされてたら、私が澄姫を貰ってしまおうと思ってたのに!!」

はっはっは、と笑うのは小平太1人で、仙蔵と伊作は会話をぴたりとやめ固まっているし、長次も澄姫も呆然と小平太を見ている。

「こ、小平太…」

「あれ、本気だったの…?」

仙蔵と伊作が何とか言葉を捻り出し、恐る恐ると言う感じで問いかける。
ちらりと横目に、長次の引き攣った表情が目に入った。

「私は本気だぞ?だって澄姫と夫婦になったら、あのやーらかいおっぱいいつだって触れるじゃないか!!」

長次はいいよなあ、揉み放題で!!そうあっけらかんと言い放った小平太の鼻先すれすれを、縄標が飛んでいった。
ひゅんひゅんと風を切る音を立てて、不気味な笑顔を浮かべて長次が縄標を振るう。

「…小平太、澄姫の体に、触れたのか…」

長次の静かな問い掛けに、小平太が首を傾げる。その様子を固唾を呑んで見守る仙蔵と伊作は、頼むから逆鱗に触れることは喋ってくれるなよ、と祈った。
しかし、まあそれも暴君には通じることは無く。

「ああ、こないだ揉んだ!!」

ああぁぁぁ!!と大きな声で悲観する仙蔵と伊作と、満面の笑みの小平太。
当事者のはずの澄姫は、何故か楽しそうに傍観している。

壊れたように笑う長次が縄標を振り回し、仙蔵と伊作は小平太を抱えて大慌てで部屋を飛び出していった。




その様子を大笑いで見ていた澄姫だったが、振り返った長次の笑顔に思わず一歩後ずさる。

「ちょ、長次?」

「…澄姫」

名を呼んだ声の低さに、機嫌が悪いと察したが、逃げる前にがっしりと腰を掴まれてしまい、澄姫は口角を引き攣らせた。

「ちょ、あの、あれは不可抗力で…」

「…伊作から、聞いた。後輩にも、色仕掛けを、したと」

どことなく、悲しそうな…恨めしそうな…そんな長次の声に、澄姫は伊作お仕置き決定、と思いながらも、何とか彼の腕の中で上体を反らす。

「その…それも、不可抗力と言うか…」

「…私には、しなかった…」

もそりと、そう小さく呟かれた彼の可愛い嫉妬に、澄姫はぽかんとする。
…確かに、長次に色仕掛けしようとして逃げた。
文次郎にからかわれたからよく覚えている。
目の前にある愛しい男の顔をまじまじと見つめる。
澄姫の視線に少し照れ、居心地の悪そうに反らされた眼は、いつものような鋭さはなりを潜め、歳相応の子供っぽささえ見て取れる。
澄姫はくすりと笑って、長次の装束の袷にそっと指を這わす。

「…だって、はしたない女だと思われたくないんですもの」

つつつ、と袷から喉仏へと伝い、そのまま長次の少し荒れた唇に触れる。

「…はしたない、なんて…思わない」

「…ほんとう?」

唇から指をそっと動かし、傷の目立つ頬に触れ、ぐっと背伸びをして彼の首に腕を回す。
逞しい胸板に、自慢の豊満な胸を押し付け、甘えるように擦り寄る。
そんな色っぽい澄姫の細腰に、長次はがっしりとした腕を回し、抱き寄せる。
甘い空気に絆されるように、彼の無骨な手が澄姫の装束の袷を割り開く。


「じゃあもっと、ソノ気に、なって?」


「…澄姫……ッ」

「あ、ぁ……ッ」

澄姫の吐息交じりの喘ぎが空気に溶け、それが合図となって、長次はゆっくりと澄姫を床へと押し倒す。
蝋燭の明かりに照らされた揺れる影は、ゆっくりひとつに重なっていった。





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「小平太、お前今日は夜通し塹壕掘っていろ」

「えー?なんでだ?」

「なんでって…そりゃ今頃きっと…ねえ?」

「ああ!!長次と澄姫がセッ」

「「言わせない!!」」

「…まあ、盛り上がってたら申し訳ないからな」

「そうそう、長次邪魔するとすっごく怒るからね…」

「むごっふー!!…ぷはっ!!長次は嫉妬深いからな!!」

「澄姫の肌すら見られたく無いんだろうね」

「ということだ、小平太。文次郎と留三郎でも誘って徹夜で鍛錬してこい」

「そうだね、そうしなよ小平太」

「わかった!!いけいけどんどーん!!」

「「(…文次郎、留三郎、乙)」」


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