元鞘


澄姫を抱えたまま長次は町外れまで走り、森に差し掛かるところで我に返った澄姫が降ろしてくれと身を捩った。
長次の逞しい腕から地面に下ろされた澄姫だったが、そのまま立てずにへたり込んでしまう。

「ごめ、なさ…こ、腰が…抜け、て…」

膝を地面に打ち付ける前に、長次にまた支えられ、頬を真っ赤に染める。
そんな澄姫の様子を見て、長次は意を決したように呟いた。

「すま、ない…」

そんな長次の言葉に、先程とは違う意味で澄姫の体が強張った。

「…どうして、謝るの?」

「…澄姫を…混乱させて、ばかりで…すまない…」

「混乱…?」

彼が何を謝っているのか、混乱とは何を指すのか、それが分からず、彼女は首を傾げる。

「別れた癖に…私の、女だと…」

その言葉で先程の光景を思い出し、澄姫はぼぼぼっと音がするほどの勢いで顔を真っ赤にする。

「いっ、いいのっ!!嘘でも、…嘘でも、嬉しかった、から…」

俯いて懸命にそう伝えると、不意にごつごつしたものが頬に触れた。
視線を動かすと、澄姫の頬に触れているのは長次の手で。
驚いて顔を上げると、彼は優しく笑っていた。

「…長、次?」

「…嘘では、ない。私は、今も、ずっと…澄姫が、好きだ」

予想すらしていなかった言葉に、澄姫の目が見開かれる。
そんな彼女をそっと抱き締め、長次は昨日伊作に話したことを彼女にも話した。






「…そう、だったの」

「…勝手な判断で、傷付けて、すまない…」

「…いいえ、長次の判断は正しいと思うわ」

いつの間にか夕暮れに変わった空を背負い、長次が話した内容を飲み込む。
そんな彼女を抱き締めたまま、長次は風に遊ばれる長い髪を一房手で掬い、そっと口付ける。
そんな彼の仕草から目を背けるように、澄姫は…でも、と小さく呟いた。

「私…傷付いたのよ…」

「…すまない」

「本当に、死ぬかと思ったわ…」

「…すま、ない」

「………次は、ないからね」

「っ、あぁ…」

長次の胸に顔を埋めて静かに涙を零す澄姫。
そんな彼女を愛おしそうに抱き締めて、長次はしっかりと頷く。
そんな彼の返事に満足した澄姫は、涙で濡れた顔を上げて、上目遣いで甘えるように、長次の耳元でそっとそっと囁いた。

「二度と、あんなこと言えないように、もっと私に骨抜きになって…?」

「…もう…なって、いる…」

沈みゆく太陽を背景に、2人は人目も憚らず、口付けを交わした。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−

すっかり日も暮れ、闇に覆われた夜の森を、長次と澄姫はしっかり手を繋ぎ歩いていた。

出掛ける時より更にムッとした顔の長次と、嬉しそうに頬を染めた澄姫。
2人は帰る道中で、取り決め事をした。
まずこれからは、忍たまは決して単独で新木心愛に接触しない。
長次の調査により心愛の正体が間者でなく、また目的が男漁りと判断できたため、学園に害はないが、万が一の間違いを防ぐためである。
そして、今後新木心愛は学園で完全に独りになる。その怒りの矛先が澄姫に一番向きやすい…というより、現時点で向いているので、動向に注意する、ということ。
この二つを厳守し、なるべく早めに新木心愛を学園から遠ざけようと話した。
特に新木心愛の本命が仙蔵だと判明した以上、これ以上厄介なことになる前になんとかしたい、というのが長次の本音だ。
小さく見えてきた学園の門に向かい歩きながら、澄姫は口を開く。

「とりあえず、皆にも伝えないとね」

「…あぁ、私と、小平太の部屋に…集まってもらおう」

「じゃあ、私も着替えたら向かうわ」

そう笑う澄姫に、長次はふと、伝え忘れていた大切なことを思い出し、彼女の手を引いた。

「言い忘れるところだった…その帯、相変わらず、澄姫に良く、似合っている…」

澄姫の耳元で、少しだけ照れながら囁く。
彼女はずっと期待していたその言葉が嬉しくて、潤む瞳をそのままに長次を見つめ、綺麗に笑った。

「ありがとう…っ」




ぎぎぎ、と重たい音を立てて、長次が門を開く。
彼にそっと背を押され、澄姫が門を潜ると、出掛けと同じように元気な声で小松田さんが入門表を手に「おかえりー」と迎えてくれた。

長次と2人、入門表に記入していると、小松田さんがにこにこと笑顔でよかったねー、と語りかけてきた。
2人して首を傾げていると、小松田さんは元気にこう言った。

「だって喧嘩してたんでしょ?何か雰囲気悪かったし…でも仲直りできてよかったねぇ!!」

名物カップル復活だね!!そう暢気に笑う小松田さんを見て、長次と澄姫は顔を見合わせて、繋いでいた手をそっと離し、嬉しそうに小さく笑った。


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