デンジャラス・チケット

秋風に乗って金木犀が強く香りだした頃、忍術学園くのいち教室6年生の平澄姫は冬毛に変わりつつある愛犬のブラッシングをしてやりながら、悩ましい溜息を吐きだした。
生物を目の前にした生物委員会の委員長らしからぬ姿に、生徒たちは不思議そうな顔を…する前に、その何とも艶っぽい姿にのぼせ上っていく。
何か悩み事でもあるのだろうかと、特に思春期真っ盛りの忍たま上級生が何人か彼女に下心アリアリで声をかけたが、それらを綺麗さっぱり無視した澄姫は、不埒な輩に牙を剥いた桃の背中を優しく撫でながら、困ったわと呟く。

「もうすぐ長次の誕生日だっていうのに…」

そう。彼女がここまで真剣に悩んでいるのは、案の定恋仲の男のことであった。
蠍座である彼はそろそろ誕生日を迎えるのだが、長いこと悩んでいるにもかかわらず贈り物が決まらない。

「栞は以前にも贈ったことがあるし、髪紐もそんなにいらないわよね。手拭い、軟膏、花の種…どれもピンとこないし…」

うんうんと唸りながら、愛しい男の顔を思い浮かべながら贈り物を考えてはみるものの、なんだかどれもしっくりこない。

「…やっぱり…」

愛犬の頭を撫でてやりながら、ぽっと頬を染めた彼女は、つい先日友人たちから貰ったアドバイスを思い出した。
相談された友人たちは、それはもう迷惑そうに顔を顰めて彼女に『澄姫がプレゼントでいいだろ』と吐き捨てた。なんとも投げやりで、それでいて実に的を得ている。
けれど澄姫ははたと真顔になり、ぶんぶんと首を横に振った。

「…やっぱりだめ。そんな、い、いやらしくて、長次に嫌われちゃうわ。それになんだか考えが雑よね」

と、恋仲である中在家長次が聞いたら速攻で否定しそうな言葉を呟き、彼女はまた唸り始める。

と、そこへ偶然通りかかったのは摂津のきり丸。バイト帰りなのかえらく上機嫌で懐の小銭をじゃらじゃら鳴らしていた彼は、唸っている澄姫を見つけて無邪気に声をかけた。

「澄姫先輩、こんちゃーっす!!」

「あらきり丸。バイト帰りかしら、いやに上機嫌ね?」

「えっへっへ、今日はえらく羽振りがいい雇い主だったんですよぅ」

膨らんだ懐をぽんぽん叩きながら笑うきり丸を見て、澄姫は一瞬何かを思案した後、満面の笑みを浮かべる。
きり丸は生い立ち故に若干十歳だというのに感性が鋭い。加えて図書委員所属…これほど今回の相談相手にうってつけな人物はいないと閃いた彼女は、美しい笑顔で彼を手招いた。

「きり丸、私の相談相手をさせてあげるわ」

「あいあーい!!」

まんまと言葉に乗せられてしまった彼を隣に座らせた澄姫は、ずっと悩み続けていたことを彼に洗いざらい話す。
さてどんなアドバイスをくれるかと期待に満ちた眼差しで見てみれば、話を聞き終わったきり丸はげんなりとした顔で澄姫を見ていた。

「ちょっと!!何よその顔は!!」

「…いやぁ…その…」

言葉にせずとも面倒くさいという雰囲気が体中から出ているのを察した澄姫が目尻を吊り上げるが、きり丸はさして気に留めず、彼女に向かって諭すようにあのですねと言い切る。

「そんな悩んでたら、永遠に決まりませんよ」

「うっ…!!」

ズバ、と正面からバッサリいかれた彼女は思わず口篭もる。そこから追い打ちをかけるように、きり丸はどんどんとダメ出しをしていった。

「そもそも、小物で喜ぶのは主に女性ですから論外。男は貰ったって結局使いません。なんだかんだ言って大切にはしますけど使いません。となると中在家先輩の場合、妥当なところは本でしょうけど、残念ながら今季はめぼしい新刊は全て図書委員会の方で購入済なのでこれも却下です。軟膏とかの薬系はいい案だとぼくも思いますけど、つい先月新しい手荒れ用の軟膏を善法寺伊作先輩率いる保健委員会が図書委員会に差し入れてくれたのでこれも却下します。となると…」

あれもダメ、これもダメと無情に切り捨てられた贈り物の数々に、さすがに眉を下げた澄姫。けれどきり丸はそんな彼女に、こう進言した。

「…ぼくが例えば、中在家先輩や土井先生に贈り物をするのなら、至ってシンプルに『なんでもチケット』をあげます」

「『なんでもチケット』?」

「そうです。チケット1枚でなんでもひとつだけ命令を聞くんです。それならあげる方は原価0で済むし、貰った方だって下手にいらない物をもらって持て余すより百倍いいでしょ?」

肩たたきでもお手伝いでもお使いでも、なんでもやるんです。そう言ってえっへんと威張ったきり丸に、澄姫は成程と瞬きを繰り返した。

「…それ、案外いいかもしれないわ」

「でしょ?」

子供っぽいと言われればそれまでだけれど、純粋なアイディアに感銘を受けた彼女はきり丸にお礼を言って、いくらばかりの小銭を彼の小さな手に握らせると、のんびり昼寝をしていた栗と桃を少々乱暴に小屋に押し込み、颯爽と自室に飛んで行った。
その背中を見送ったきり丸は、暫くしてから大きな溜息を吐き出して、

「…澄姫先輩、本当にチョロいなぁ」

と、意味ありげに呟いた。





そんなことがあったりもしたけれど、長次の誕生日に手作りの可愛らしい『なんでもチケット10枚綴り』を手渡した澄姫は、分かりにくいがとても喜んでくれた長次の反応に大満足。

「いつでも遠慮せずに使って頂戴ね」

「……ああ…」

そう言い、頬を染めて上機嫌に飼育小屋の方へと去って行った澄姫。彼女をいつまでも見送る長次にそそそ、と近付いたきり丸は、本当に嬉しそうな顔をしている図書委員会委員長の装束をぐいぐいと引いて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「…きり丸…?」

「中在家先輩。実はね…」

ちょっとちょっとと手招く少年に従い耳を傾けた長次は、可愛い可愛い後輩の言葉に飛び上がるほど驚かされた。

「な、な、な…!!」

「…ということで、ぼくからの誕生日プレゼントは、澄姫先輩ってことで」

お返し死ぬほど楽しみにしてますと笑いながら駆けて行ってしまったきり丸を愕然としながら見送った長次は、手元のチケットときり丸の背中を交互に見て、手のひらで顔を覆いながらその場にしゃがみ込んでしまった。

『それ使えば、すぐにでも澄姫先輩をおよめさんにできちゃいますね』

耳元で悪魔のように囁いた少年の声は、暫く長次の脳裏から離れなかったらしい。


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