Heart to Heart

※現代パロディ注意










2月14日水曜日、午後10時54分28秒。
ワンルームマンションで一人暮らしをしている社会人の中在家長次は、風呂から上がったばかりでまだ濡れている髪をタオルで拭きながら、小さな冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、部屋の中心に置かれた小さなテーブルの上にちょこんと鎮座する独特の形の箱を見る。
ふわりと染まる頬。
冷蔵庫から取り出したお茶を一口飲んだ彼は、テーブルの上にお茶を置き、代わりに箱を手に取って、ぼすりとベッドに腰かけた。
大きな彼の両の手のひらに収まってしまうくらいのその箱には、大きな彼の手にさえ抱えきれないくらいの想いが詰まっている。

それは、今から4時間50分くらい前の出来事。



珍しく終業のベルと共にPCの電源を落とす。デスクの上を軽く整理して明日の仕事の段取りを簡単にメモした付箋をキーボードの隅っこに張り付け、上司や同僚にお疲れ様でしたと小さく挨拶をして足早に会社を出た。
最寄りの駅の改札に駆け込めば、ホーム間近の柱に人だかりを発見。
ざわめく人…まあ、見も知らぬ男性なのだけれど、それらを掻き分け近付けば、案の定そこに立って不機嫌そうにしているのはショコラブラウンのコートの襟からオフホワイトのセーターをちらりと覗かせた愛しい恋人。
仕事の時は極力地味な恰好を心掛けている彼女にしては珍しく、結い上げた艶やかな髪にはパールを飾っているし、への字に歪んだ唇はまるで瑞々しいイチゴのよう。

「……澄姫…」

「長次っ!!もう、遅いじゃない!!」

少し離れたところから小さな声で名を呼んだにもかかわらず、しっかり気付いた彼女は言葉の割には嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきた。
その際数人の男性に睨まれたので、お返しに勝ち誇ったように目を細めてやる。
奪うように彼女の手を引き電車に乗って、彼女の住むマンションの最寄り駅で降りる。
駅から少し歩いたところだけれど、穴場のレストランがある。数日前に予約を入れておいたので、すんなりと入ることができた。
夕食を終えてさり気なく時計を見れば、もうすでに時刻は8時半を回っていて残念な気持ちになった。平日だとどうしても一緒に居られる時間が短くて、少し寂しい。
しかしそれは澄姫も同じだったようで、唇から切ない溜息が漏れている。

「…仕方ないわよね。平日だし、この時期は私もだけれど、長次も忙しいんだもの」

別に何を言ったわけではないけれど、言い聞かせるようにそう呟いた澄姫が寂しげで、胸が締め付けられる。
しかしそんな空気を一変させたのは、そうそう、という割と明るい声だった。

「あのね、えっと…受け取って、くれると嬉しいんだけれど」

そう言って色づいた頬を隠すようにごそごそとバッグを探り、目の前に差し出されたのは、ハート型の赤い箱。桃色のリボンが少し歪んでいるのは、鞄に入れたせいか、彼女が自分で結んだせいか。

「大好きよ、長次」

「……ありがとう…」

付き合ってから毎年贈られる、彼女の想いが詰まったチョコレート。どんな高級店で売られているものよりも価値のあるそれを受け取り、チョコレートと彼女の気持ちにお礼を囁く。
手触りのいい包装紙を指でなぞりながら、ああやはりチョコレートだけでなく彼女も持ち帰ってしまいたいと思って顔を上げれば、頬を染めながらも悪戯に笑う澄姫と視線が絡んだ。

「…明日も、仕事だものね」

「……ああ…」

言葉にするより早く、先手を打たれる。
今夜は彼女を送って一人寂しく帰るのかと想像しただけで溜息が漏れたが、包装紙からリボンに移った指に、ピンクベージュのネイルが映える細い指が絡みついた。

「バレンタインの贈り物がチョコレートだけだなんて、私一言も言ってないわ」

すすす、と指の上を滑る滑らかな感触に、ぞわり、と期待感が鎌首を擡げる。

「もうひとつのプレゼントは、金曜日にあげる。残業しちゃイヤよ?」

チョコレートのように甘い声。潜められたそれはけれどしっかり耳に届き、ドキリと鼓動がひときわ大きく跳ねた。
まったくもって、目の前の女神のような彼女は、実はとんでもない小悪魔だと会うたび思い知らされる。



そこまで思い出した長次は、知らずのうちに緩んでしまっていた頬を部屋着の袖で擦ってハート型の箱をテーブルにそっと戻す。そして丁寧にリボンと包装紙をほどき、ふたを開けて、耳まで真っ赤に染めた。
箱の中には、ひとくちサイズのトリュフと、それに囲まれるような形で真ん中に配置されたイチゴ味らしいピンクのハートのチョコレート。
そしてその上に、1枚のメッセージカード。
ハート形のそれには、綺麗な字で熱烈な愛の言葉が書かれている。

「…まったく、……」

熱を吐き出すように小さく呟いた長次は、中心のハート形チョコレートをポイと口に放り込み、金曜日にこの想いをすべて彼女に叩き込んでやることを誓いながら、放り出していたスマートフォンであるものを検索する。
毎年ありったけの想いをくれる澄姫。
長次は3月14日に、計画より少し早いけれど、ありったけの想いと給料3ヶ月分のお返しを彼女にあげることにした。



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相互リンクしてくださっている【ポンツク】パンタ様に、とんでもなく素敵なバレンタインデーのイラストをいただきまして、見た瞬間降臨した長次さんの話。イラストのお陰で地獄の2丁目(2月)が乗り切れたので、お礼にはなりませんがお礼のお話をと思って書きました!!
パンタ様、お礼のメールもお品物も遅くなりまして大変申し訳ございませんが、宜しければ受け取ってください!!本当にありがとうございました!!
※いただいたイラストは【うちの子掲示板】に飾らせていただいております。



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