オマケの天女サマ

事件は秋晴れの日に起こった。
忍術学園名物と言っても過言ではない学園長先生による突然の思い付きで、秋の大イモ掘り大会なるものが突如開催されていた昼前、授業は中止になったけれど一緒に居られる時間が増えたことに喜んでいた平澄姫と、そんな彼女を見て目尻を下げていた中在家長次…さらには学園一仲睦まじいバカップルを遠目から眺め和んでいた全生徒。
そのど真ん中の畑に、突如ドスンと降ってきた影。
立ち込めた土埃の中、澄姫を抱えるように守った長次の耳に、甲高い声が聞こえて、彼の背筋がぞわりと粟立つ。
それは過去の出来事を思い出した他の生徒たちも同じだったようで、驚く1年生を背に庇ったくのたまたちと2年生を守るように立ちはだかった3年生を背に隠した4年生、その前に各々武器を構えた5年生が並び、最前列には警戒心丸出しの6年生がいつでも戦えるように構えながら、土煙を睨んでいた。

「あいたたたた…でもさすが夢!!あんな高さから落ちても生きてるってすごい!!」

もうもうとしたそれが晴れ、姿を現した女を見て、澄姫はまたかとでも言いたそうな顔をして長次の袖をぎゅっと掴む。
過去にも何度か忍術学園に突然現れた正体不明の女…男の時もあったが、いろはを除きそれらが面倒ごとを巻き起こしたのを嫌でも覚えている生徒たちは、嫌悪感も露に女を睨みつけた。
しかし降ってきた女は、土煙が晴れたと同時に視界に飛び込んだ色とりどりの装束に大歓喜し、比喩ではなく文字通り飛び上がって喜んだ。

「えっ、うそっ、やったぁ!!トリップ物読みながら寝落ちしたから!?夢でも嬉しいっ!!」

甲高い声で叫びながらピョンピョンと彼女が飛び跳ねるたび、畑で育った芋が蹴散らかされていく。それだけでも生徒たちは怒りのボルテージが上がっていくというのに、そんなことには一切気付かない彼女はまるで品定めでもするかのように生徒たちを見回して、深緑の塊で視線を止める。

「きゃぁっ!!長次くんだ!!夢だけど本物の長次くん!!きゃぁ〜っ!!」

そう叫ぶなり、深赤を抱きしめたまま厳戒態勢の長次に向かって飛びかかった。しかしながらいつ何があってもいいように体勢を整えていた彼は女を紙一重でかわし、澄姫を抱いたまま地面に片手をついて一回転。避けられた女はものの見事に畑に頭から突っ込んだ。
見事に畑で犬神家をやらかした女に生徒の何人かは噴き出したのだが、突然飛び掛かられた長次は自分がターゲットにされたことに動揺を隠せない…だがそんな当事者の彼よりも、洒落にならないほど怒髪天な人物がいた。

「厄介ごとは百歩譲っていいわ…妙な輩が現れたことにももう驚かない…でも、こともあろうに私の長次に抱き着こうとした事は絶対に許さない!!」

鬼の形相で呻いた澄姫は、今までくっついていた長次の腕の中から勢いよく飛び出すと、もがいている女の足を乱暴に引っ掴んで畑から引っこ抜き、泥だらけの胸倉を掴み上げて凄む。

「ちょっと!!何処の誰かは知らないけれど!!私から長次を奪うって言うのなら容赦はしなくてよ!!」

至近距離で怒鳴り、ぽかんとしている女を睨む澄姫。止めようにもあまりの迫力に尻込みしてしまった生徒たちがおろおろと見守る中、しばしの間をおいてやっと我に返った女は、あろうことか汚れた手で澄姫の顔やら肩をべたべたと触りだし、きゃああ、と叫んだ。

「すっごい美人!!すっごい美人!!顔ちっちゃ!!睫長っ!!胸デカッ!!腰細っ!!何事!?」

「やっ…!!」

歓喜の声を上げながら、澄姫の身体にまで馴れ馴れしく触り始めた女。対して長次以外に触れられることを嫌う澄姫は整った顔を露骨に歪めて短い悲鳴を上げた。
その態度を見て慌てた長次が澄姫を抱き寄せ背に隠し女を睨みつけると、それで何かを察したのか、女があからさまにがっかりした顔になる。

「…これは、私の女だ…同性だろうと、気安く触れるな…!!」

「『私の女』?え、ってことはつまり、この美人さんは長次くんの…」

「…こぃ……婚約者、だ…」

「長次ったら…婚約者だなんて…そんな大きな声で…」

「えー!!?長次くんってカノジョいたんだー!!ショックー…いやでもこんな美人なら負けて天晴だわ!!」

彼のもそもそとした声でしょぼくれたのも束の間。言葉の途中ですでに気持ちを切り替えたらしい女は、懲りもせず長次に庇われている澄姫の手を強引にとって瞳を輝かせた。
曇りなき眼にすっかり警戒心を削がれ、呆れた眼差しになってしまった生徒たちをよそに、今度は長次がめらりと嫉妬の炎を揺らめかせる。

「触るなと、言っている…!!」

「いいじゃないですかちょっとくらいー!!うわぁ手ェすべっすべ!!指綺麗爪綺麗すごーい!!ていうか美しさに惚れました!!弟子にしてください!!」

「い、嫌よ!!」

人の話を聞く気がない女の態度と馴れ馴れしい澄姫への過剰なスキンシップに、とうとう長次が不気味な笑みを浮かべ始める。しかしそれすら意に介さず嫌がる澄姫に弟子にしてくれとしつこく縋る女…やはり面倒ごとが巻き起こったと頭を抱えた忍術学園の生徒たちは、なんの合図もないのに綺麗に声を揃え、突然現れた女に『帰れ!!』と怒鳴った。

だがしかし女は、きっちり健康的睡眠時間分の8時間、忍術学園に居座ったとさ(笑)




@(2周年企画/ロキ様)

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