しっぽ★メトロノーム

※唐突な現代パロディ注意。
※甘い要素あんまりない。
※結構な胸糞メンタルアタック注意。
※特に動物、生物好きな方には辛いと思いますが、そんな方には特に読んでほしいです。
※祭はハピエン厨です。




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私は恵まれた人間だと思っている。
物心ついた頃から可愛い顔立ちだねと持て囃され、屋敷と言っても過言ではない大きな一軒家に住んでいる。
父は有名ブランドの代表取締役、母はそのブランドのお抱えデザイナー。
羨望の肩書を欲しいままにする2人の間に生まれた私と弟は、数多の服やお菓子やおもちゃに囲まれ、欲しいものを与えられ、泡を吹きそうな学費のかかるエスカレーター式小学校から通い、苦労の『く』の字も知らないままぬくぬくと育った。
今だからこそはっきり言えることは、当時の私は、クズだったということ。
その最たる出来事は、今でも私の胸をぎりぎりと締め付ける。
あれは15歳の誕生日。高校生になりお洒落に興味を示し始めた私は、持って生まれた美貌を母にねだった化粧品でさらに飾り、父にねだったアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けて有頂天だった。

『澄姫さんはブランド品をたくさん持っていらっしゃるのね、羨ましいわ』

『本当に澄姫さんは美しいわね、羨ましい』

感嘆の溜息と共に吐き出されるその言葉がもっともっと聞きたくて、私は自分を飾り立てた。
有名ブランドの最新商品はその日のうちに購入し、流行ればそれがどんな高価なものでも手に入れた。たとえそれに興味がなくても、持っているだけで『羨ましい』と言ってもらえたから。

そんなある日、とあるメディア展開でペットブームを知った。
私は即、父に頼んで一匹の仔犬を買ってもらった。母がその時、とても渋ったのを覚えている。
仔犬はとてもふわふわでころころで小さくて、無邪気に私の周りを駆け回る姿がとても可愛かったのだけれど、それよりも流行りの犬種…それも血統書付きを手に入れられたことのほうが私には重要で、携帯で写真を撮ってはネットに上げ、反応に夢中だった。
けれど流行とは書いて時の通り『流れ行く』もので、その犬種のブームはあっという間に過ぎ去った。
私も流行を追うことに夢中で、せっかく買ってもらったというのに、仔犬の写真を撮る回数も少なくなっていった。
買ってもらったときは小さくてふわふわでころころだった仔犬もどんどん大きくなり、アクセサリーと言っても過言ではない扱いを受けていたため噛み癖が抜けず、誰の言うことも聞かず、その癖餌をくれだの散歩に連れていけだの四六時中ワンワンワンワン吠え続ける厄介なモノに成り下がっていた。
だから私は父にこう言った。

「こんな犬、もういらないわ」

父はそうだなと頷いた。弟も同意した。けれど母だけは、私の頬を鋭く引っ叩き怒鳴ったの。

「この子をこんな風にしたのは一体誰だと思っているの!!」

…当時は、そんな風に叩かれる理由も怒鳴られる意味も全然分からなかった。だから私は母に腹を立て、懸命にバカ犬の引き取り手を探し続ける母を尻目に、保健所に連れて行ってしまった。
傲慢で無知な私は知らなかった。こんなバカ犬でも欲しいと言ってくれる人がいること、保健所に連れていかれた犬がその後どうなるのか。
いいえ、知っているふりをしていたのかもしれない。保健所に連れていかれた犬は、そこで次の飼い主を見つけてもらうのを待つと、だから私の行動は間違ってなんかいないと、卑怯にも愚行を正当化して。

嫌がって暴れる犬に無理やり首輪をつけ、強引に引き摺っていった先の保健所は古めかしいコンクリートの建物で、歩を進めるたび犬の鳴き声が聞こえた。
その中に佇む作業服の男性に近付き、私は犬のリードを彼に押し付けた。
無言で突然リードを押し付けられた職員はゆっくりと顔を上げ、私を悲しそうな目で見た。その両頬には目立つ傷があり、私は失礼にも凝視してしまったのだけれど、彼はそのことには触れず、バカみたいに吠え続ける犬をそっと抱き上げ、歯を剥いてお世辞にも可愛いともいい子とも言えない犬を、大きな掌で撫でる。

「……どうして…ここへ連れてきたのですか…?」

男性職員の小さな一言に、私はびくりと肩を跳ねさせた。呟きみたいな言葉だったのに、とても責められている気がした。

「だ、だってもう、いらないもの」

そう、いらない。そんな犬いらない。だって吠えるし、言う事聞かないし、噛むし、臭いし、もう流行ってないし、可愛くない。この先まだ10年以上生きるのに、面倒なんて見てられないわ。だって面倒見るなら、遊びに行くのも我慢しなくちゃいけないもの。
それならこの子だって新しい飼い主に可愛がられて面倒見られたほうが幸せでしょ?お互いに、幸せじゃない?
免罪符を並べ立て、男性職員に矢継ぎ早に言った私は、次の瞬間足が竦んだ。
前髪から覗く鋭い瞳に、ぎらりと睨まれたから。

「…ならば何故、貴女はこの犬を飼ったのですか…」

「だ、だって、流行っていたし…」

「…ペットはアクセサリーでも、おもちゃでもありません…」

「でも、こんな大きくなるなんて聞いてなかったし、吠えるし、噛むし…」

「……犬を飼う前に、犬種について調べなかったのですか?躾はちゃんとしましたか?愛を持って接しましたか?」

鋭い瞳で尋問のように問い詰められ、戦慄く唇を噛みしめて黙りこくるしかなくなった私の腕を男性職員は荒々しく掴み、犬を抱いたまま保健所の奥へと足を進めて行く。
嫌がる私を引き摺って進んだ先は、たくさんの犬が閉じ込められている檻がいくつも並んだ、まるで留置所のような場所。悲痛な鳴き声が耳を突き刺し、怯えた瞳が私を捉える。

「…貴女ひょっとして…この子に…この子たちに未来があると思っていませんか?」

怒りを滲ませた低い声でそう言った男性職員は、一気に汗が滲んだ私の腕を離さないと言わんばかりに掴みなおしてさらに奥へと進んでいく。
だって保健所って、次の飼い主を待つ場所じゃないの?
もし見つからなくても、安楽死させてくれる場所じゃないの?
そう思ったのだけれど私の口から言葉が漏れることはなく、揺れる視界は彼の目的地らしき場所の機械を映してしまった。

「…引き取られた日から、命のカウントダウンが始まります…
一日経過するごとに檻を移されていき、最終日の部屋に入ると追い込みがあります…
追い込まれた先はベルトコンベアのような状態になっており、ガスが噴射されます…炭酸ガスで窒息死を図るものですが、この濃度は保健所によって違いますので、必ずしも全ての犬が完全に窒息できているかは未確認です。
…保健所職員の負担軽減のために、最終部屋を出てからはあのスイッチひとつで全て工場のようにオートメーションで動きます…
一定期間ガスを吸引されたら、そのまま焼却炉へコンベアが運びます…炉まで来るとコンベアから振るい落とされ高温で焼かれます…焼かれた後は骨も残りませんので、灰を集めて産業廃棄物として回収されていきます…
慰霊もなにも、そこにはありません」

男性職員が指をさす檻。その中に入っているたくさんの犬。彼等は皆怯えた目をして、まるで助けてくれと言わんばかりにないていた。
その先には確かにベルトコンベアがあり、私は耐えきれなくなって顔を覆って泣き崩れた。
だって保健所を訪れたとき、この場所に立っていた大きな煙突からは、微かに煙が上がっていたから…。

「ガス=安楽死ではありません…なぜなら、最新型の殺処分設備がある保健所ではガス注入が3〜5分、旧型ですと10分近く、犬たちを窒息させるのにかかるといいます。健康なのですから意識は働いていますので、その間訳もわからず息ができない時間苦しみ、その直後に焼却されます…
窒息したかはガス室に付けられたモニターで職員が目視で確認するだけですので、虫の息があって動けない状態でも判らないでしょう。じっくり見たくもないですし、いちいちしていてはこの殺処分数に対応するのに私たちの心が疲れますから…
ガス室へ向かうコンベアに追い出しを掛けられた犬たちは、当初不安からすごく吼えることがあるようですが、コンベアに乗ると何かを察知するのかしんと静まり返ります…犬はそこまで馬鹿ではありませんから、自分の身の置かれた状況を理解しているのかもしれません。体も窒息しきれないまま焼かれるかもしれませんが、何より死を野生ではない動物が身近に感じていること自体が『安楽』とは程遠い状態なのです…」

知らなかった…いいえ、知りたくなかった現実を突き付けられて、私はもう謝罪すら口にできなかった。
ぼろぼろと溢れる涙が地面に落ちるたび、胸が苦しくて喉が潰れそうになる。
ようやく自分がしようとした事の重大さに気が付いた私は、絞り出すような声でごめんなさいと呟く。
でもそんな愚かな私に返事をしたのは、男性職員ではなかった。

「わん!!」

地面に爪を立てる私の手に、ぷにっとした感覚。ベロンと涙を舐めとる生暖かいものと、ちょっと臭い荒い息遣い。
いつもバカみたいに吠えて、言う事なんか一切聞かない暴れん坊の癖に、その子は私の涙を拭うように舐めて、冷たく濡れた鼻先を私の頬にぐいぐいと押し付けて、仔犬の時から変わらない真黒なまあるい瞳で、私を見ていた。
ろくに散歩に連れて行ってもいないから、まだ荒れていないぷにぷにの肉球を私の掌に重ねて、呑気に口角を上げて、何が嬉しいのか尻尾まで振って。
そんな犬の姿を驚いた眼で見ていた男性職員は、先程まで鋭かった瞳を優しく細め、私に目線を合わせるようにしゃがみ込み、犬を撫でながらこう言った。

「…この子には、貴女しかいないのです……どうか、殺さないでください」

「ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」

バカ犬だなんて思っていてごめんなさい。
ろくに面倒見なくてごめんなさい。
こんなバカな飼い主でごめんなさい。
殺そうとして、ごめんなさい。
たくさんの意味を込めて、私は犬に謝って、男性職員にも謝って、お礼を言って、保健所を後にした。

その日から、私は着飾ることをやめた。勿論最低限のお洒落くらいはするけれど、無駄に飾り立てることはしなくなったわ。
保健所から帰ってきた私を母は叱り、そして褒めてくれた。
私は泣きじゃくって腫れた顔のまま本屋に駆け込み、犬の躾の本を買った。それを弟と一緒に読んで、遅いけれど躾を始めたの。
元々賢い犬だったみたいで、すぐにいろいろなことを覚えた犬を連れて散歩に行き、無頓着だった餌も合うものに変えて、体格にあったゲージやグッズ、おもちゃも買って、毎日毎日一緒に遊んだ。
するとあんなに暴れん坊で無駄吠えばっかりのバカ犬は、どこに行ってもいい子ねと言われる大人しい犬になった。テンションが上がると噛み癖が出ちゃうのはどうしても治らなかったけれど、それも歯を当てるだけになった。

「さあ、お散歩に行くわよ」

今日も私は散歩に出かける。大学生になって忙しくなったから遊ぶ時間をなかなか取れなくなったけれど、それでもなんとか時間を割いて、毎日朝夕の散歩と大好きなボール遊びは欠かさない。

ああ、それと。
実はあの日の夜、母と一緒に父にねだって買ってもらったものがあるの。

「滝ー、私散歩に行ってくるから、残りの子たちに今日の分のお給料の支払いをお願いしてもいいかしらー?」

「あ、はーい」

私の大きな声と、滝の返事に元気よく揺れるたくさんの尻尾。

「わあ!!こらお前たち、落ち着け、順番だ順番!!ちゃんと皆ご飯あるからおわああ!!」

弟の滝を取り囲む、色とりどりのふわふわもこもこ。
数えきれないくらいの犬や猫。この子たちは皆、あの保健所から引き取ってきている。
殺処分寸前だったこの子たちを引き取って、家の隣に買ってもらった土地に大きなわんにゃんカフェを作ってもらった。この子たちは皆、そこの従業員。
気性の荒い子はじっくり時間をかけて信頼関係を築いてから躾をして、病気を持った子たちは治療が完全に済んでからお店に出てもらっている。
最初のうちは大赤字で父もお冠だったけれど、それも最初だけで、今では雑誌にも取りあげられるくらい有名なお店になったわ。
私がここまで改心したのも、あの子たちが生きていられるのも、お店が軌道に乗ったのも、あれもこれもそれも全部、実はあの彼のおかげだったりする。

「…澄姫…そんなに連れて、散歩に行くのか…?」

「あら長次さん、お疲れさま。みんないい子だからこれくらいどうってことないわ」

そういって掲げた私の手にある10を超えるリードの半分をさっと奪い取った彼は、あの日仄暗く揺らいでいた瞳を優しく煌かせて、同行を申し出てくれた。
私はあの日から必死に勉強して、順調にいけば来年から獣医になる。
弟は現在トリマー目指して日々特訓、父は最近自社からペットグッズばかりを出しているし、母がデザインした服やバッグ、アクセサリーは愛犬家や愛猫家に大人気。
そして、あの日動物たちの命を奪う仕事をしていた彼は、私の誘いでトレーナーの資格を取って、今はわんにゃんカフェの店長をしている。
もうひとつ、平家の跡取りってお仕事も薦めているんだけれど、そっちのほうはまだ残念なことにお返事保留中。

「…絶対に、落としてみせるけれど。ねぇ?」

「わん!!」

私は恵まれた人間だと思っている。
だってこんなに愛しいこの子たちの命を、救い続けることができているんだもの。





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あとがき。
まず唐突に重たい話を書きまして、驚かせてしまったのならごめんなさい。
昨今のペットブームに合わせ、最近TVでよく可愛いわんにゃん番組やってますよね。祭もあの手の番組大好きです。
ですが、ああいったものの裏で、今回のお話のような出来事も起こっています。
深く考えず可愛いからというだけの理由でペットを買い、やっぱり面倒見れないからと安易に保健所に連れて行く…もうね、アホかと!!
ハピエン厨なので今回めでたしめでたしで終わっていますが、現実は残酷です。
保健所に連れてこられた子たちの命は、僅か10日ほどで絶たれてしまうんです。連れてこられる子たちの数はなんと6桁、救われる子はその1割もない。知ってました?祭は知りませんでした。むしろ知りたくもなかった。
知りたくもなかったんですが、完全に職権(?)乱用ですが、これ目を背けちゃいけない問題だなと思いました。
祭さん、わんちゃん大好きです。実家でも犬2匹飼ってます。今のアパートはペット禁止なので飼えませんが。
だからこそ犬が死んじゃう映画とか、ペットドキュメンタリーとか見れないんですよ、もう涙で前が見えなくなるから。だけどさ、だからこそ、こういう悲しい現実って知っておかなきゃいけないんじゃないかなと思うんです。
別に押し付ける気はありませんが、今まさにペットを飼っている人、これから飼おうと思っている人、どうか今一度考えてください。
『関わったら最期まで』
八左ヱ門の言葉の意味は、最後まで飼い続けるだけではないと思います。
可哀想な命を増やさないためにも去勢避妊はちゃんとすること、しっかり愛を持って接すること、躾をすること…色々な意味が含まれていると祭は思います。
よく去勢避妊が可哀想とか聞きますが、じゃあそれで仔犬仔猫が生まれたら面倒見きれますか?
厳しく躾けるのが可哀想とかも聞くけど、いやいや、犬はむしろ群れで生活するから絶対的な存在のリーダーがいたほうが犬的には安心なんですよ?
ね。そういう本も昨今はたくさん売ってますし、祭なんかよりもっと偉くて賢い人がいいこと書いてますから読んでみてください。
あと文中にありますペットを「買う」表記は間違いではございません。アクセサリーやおもちゃのような扱いをするバ飼い主はまさにペットを「買って」いるだけですから。
信頼関係が築けてこその飼い主です。これは意地でも断言します。

最後に…ここまで読んでくださってありがとうございます。中には『偽善だ』と憤る方もいらっしゃると思いますが、それはそれでいいです。偽善でもなんでもいいです。だって実際祭は何にもできないし、世の中には『仕方ない』ことだってあります。命の重さが云々とか偉そうに言うつもりもありません。
ありますけど『知ってる』と『知らない』とでは何かが違うと、祭は思っています。
だからこんな悲しい話を書きました。書いてる最中3回は泣いたわ!!
…なんか結局言いたいこと全然纏められてませんが、この悲しい現実を皆様に知っていただくことで殺処分にブレーキがかかりますように、そして祭の気持ちが少しでも皆様に伝わることを願いまして。

9月20日から9月26日まで動物愛護週間です。
皆可愛いペットとラブラブしよーぜー!!あ、でも魚類は人間の平熱体温でも火傷しちゃうからハグはほどほどにねw

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