啜り泣く女
※怪談話注意
蝉の声がやけにうるさい、夏の逢魔が時。
澄姫が午後の鍛錬を終えて、長次と一緒に育てている朝顔の様子を見に行った時のことだった。
明日の早朝に咲きそうな綻びかけの蕾を数えていた彼女は、ふと背後に気配を感じて振り返る。そこには濃い影を伸ばした5人の紫が、各々色々な感情を込めた笑顔で立っていたのだ。
「あら貴方たち、お揃いでどうしたの?」
可愛い弟とその友人たちを見ていつものように声をかけた澄姫は、次の瞬間伸びてきた4対の腕に驚く間も与えられず担ぎ上げられ、どこかへ連れていかれてしまった。
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「もう、突然何をするのよ!!驚いたじゃない!!」
「申し訳ありません、姉上、申し訳ありません…!!」
彼女が連れてこられたのは、なんてことはない弟に与えられている部屋。優秀を自称するが故か綺麗に片付けられたそこに放り込まれた彼女は、自由を与えられた途端眉を吊り上げて怒鳴るが、謝るのは彼女の弟である滝夜叉丸のみ。しかも、何故か謝り方が尋常ではない。
その姿を訝しんだ澄姫が他の4年生に鋭い視線を向ければ、可愛い顔を厭らしく歪めた三木ヱ門がずいと一歩彼女に近付く。
「…澄姫先輩。オバケ怖いって本当ですか?」
「なっ…!!!?」
そして明らかに確信を孕んだ瞳を煌かせて、そう言った。ずっと隠しに隠してきた自分の弱点が突然露呈されたことに一瞬焦ってしまった澄姫は慌てて口を押えるが、後の祭り。
「おやまあ、本当だったんだ」
「へぇ、6年生でもオバケ怖いとかいう人っているんだなー」
「いいんじゃなあい?女の子らしくて可愛いと思うよー?」
ニヤニヤ、きょとん、ふんわり…そんな擬音が聞こえてきそうな顔で笑う喜八郎、守一郎、タカ丸を真っ赤な顔で睨み付けた澄姫は、一番たちの悪そうな顔で笑っている三木ヱ門の胸倉を掴み上げて凄んだ。
「な、な、な、なんの根拠があって…!!」
「先日ですね、徹夜に徹夜を重ねた我が会計委員会委員長潮江文次郎先輩がブツブツ言ってたんです。澄姫の怖がりをいい加減なんとかしないとって」
「あ、あんのクマ(隈だらけの)モン(文次郎)…!!!」
「で、そんなお忙しい潮江文次郎先輩のお手を煩わせるわけにはいかないので、我ら4年生が対策を講じてきました所存であります」
お付き合い願えますよねェ…?と、明らかに対策ではなく悪意に染まった三木ヱ門の笑い顔を見て、澄姫は唯一昔から自分の弱点を知っている滝夜叉丸に救いを求める。
「申し訳ありません、申し訳ありません…でもそろそろオバケとか卒業したほうがいいと私も思いまして」
「うっ、裏切り者ーッ!!!」
けれど土下座の体勢からちらりと顔だけを上げた滝夜叉丸の目は仄かに呆れを含んでおり、絶望を突き付けられた澄姫の悲鳴が4年長屋にこだました。
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「………その長い髪が自慢の女性は、自分の髪以外を梳いた恋人を半狂乱で惨殺し、目を覆う惨状となった屋敷でいつまでもいつまでも大切な櫛を探し続けています。それは、彼女が死んだ今も、ずっと」
「ひぃっ…!!!」
「おやまあ、タカ丸さんらしい話ですね。じゃあ次は僕いきまーす………里芋行者さんの家に行くときに近くを通るんだけど、結構荒れ果てた廃村があるの知ってる?あそこの一番奥の、まだ何とか形を残してる大きな屋敷、あそこ実は『足刈り屋敷』って呼ばれてるの知ってる?まだあそこが廃村になる前に、あの屋敷に嫁いだ女性は結構不幸な結婚生活を送ってね…帰ってこない夫に厳しい義母、さらには子宝にも恵まれず、そりゃあ悲惨だったみたい。
でも彼女には内緒の楽しみがあって、昔の恋仲からもらった綺麗なわらじをこっそりはくことだったんだ。
ところがある晩、その姿を旦那に目撃されてしまった彼女は、狭い部屋に閉じ込められて、そこで足を鎌で切り落とされたんだ。
不衛生な部屋で足の傷も癒えぬまま責め続けられ、彼女はとうとう精神を蝕み、やがて亡くなった。だけど彼女の怨念は相当深く、結局屋敷だけではなく村をも滅ぼしてしまった。
だけど、それだけじゃ終わらない…彼女は足が欲しいんだ。細くて、長くて、綺麗な足が………嘘だと思うなら今度その屋敷に行ってみればいい。聞こえるからさ、か細い声で…あしをちょうだい、あしをちょうだい…って」
「いやぁぁぁ!!!」
「へぇぇ、喜八郎、今度そこ案内してよ。俺ちょっと興味あるかも」
「おやまあ。守一郎は廃城でぼっち籠城してただけあってこういうの平気なんだね、つまんなーい」
「あ、あねうえ…しがみつくのはいいですが首を絞めないでくださっ、ぐええ…」
そうして始まったのは、かなり温度差のある怪談大会。普段は好き勝手ばかりしている4年生は何故かこのとき一致団結し、澄姫をありとあらゆる怖い話で震えあがらせていた。その話はもう両手の指の数を超え、そろそろ慣れてもいいだろうにと呆れた瞳を彼女に向けた三木ヱ門は、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
「澄姫先輩、ちょっと怖がり過ぎじゃないですか?これはさすがに潮江先輩じゃなくても、っていうかむしろ1年生だって呆れ返りますよ?」
「うるさいわねっ、だから必死に隠してきたんじゃない!!」
「いや隠す前に克服しましょうよ…」
「それができないから困ってるんでしょう!?」
辛辣な言葉に目くじらを立てながらも、頭に乗せた座布団はどかさない澄姫。なんとも情けない姉の姿に、三木ヱ門と喧嘩ばかりの滝夜叉丸もさすがに同意せざるを得ない。犬猿の2人ががっくりと項垂れ、肩を落としてさらに苦言を呈そうとした、その時。
苦笑していた守一郎が、ふと顔を上げて扉を振り返った。
「…あれ?誰か来たか?」
「守一郎くん、どうしたの?」
「いや、今廊下から物音が聞こえた気がして…」
「………気配、しないけど」
ぽつりと漏らした守一郎にタカ丸が不思議そうな顔をし、喜八郎が気配を探った後からりと扉を開けた。しかし、すっかり薄暗くなった廊下には誰の姿もない。
「ちょ、っと、やだやだ!!守一郎!!変なこと言わないで頂戴!!」
「だ、だって今、確かに物音が…!!」
扉を開けたことにより生ぬるい風が吹き込んできた室内で、座布団を頭に乗せた澄姫がガタガタと震えて守一郎を諫める。しかし彼は確かに聞いたと繰り返す。
妙な空気が蔓延し始めた部屋で滝夜叉丸、三木ヱ門、喜八郎が警戒態勢に入った、次の瞬間。
「………もそ…」
「「「「わーーーーーーーーーっ!!!」」」」
気配も、物音すらもなく天井から降りてきた深緑に、4人は揃って悲鳴を上げる。唯一喜八郎だけは何とか堪えたが、普段無表情の彼の額にはじわりと汗が浮かんでいたので、内心では相当驚いたらしい。
「なっ、なっ、なっ、中在家先輩!!」
「……突然、すまない………澄姫が、ここに来ていると、聞いたので…」
迎えに来た、とぼそぼそ続けた長次はきょろきょろと部屋を見回し、目を見開いた。
「澄姫、ど、どうした…!?」
慌てて駆け寄った部屋の隅では、座布団で頭をくるんで縮こまり半泣きで震えている澄姫。ぎゅっと彼女を抱きしめた長次は、今にも零れそうな涙を拭ってやりながら慌てふためく。
「ど、どうした…何故泣いている?誰の所為だ?」
「うっうっ、長次ぃ…」
「な、泣くな…もう大丈夫だ…」
「あーん、もういやぁ…今日はずっと長次といるぅぅ…!!」
普段の冷静さはどこへやら。可愛らしくぴぃぴぃと泣いている澄姫に耳まで真っ赤にした長次は二の句が継げなくなり、ただ黙って彼女を抱き締めた。
そんなバカップルをじっとりとねめつけながら、4年生5人は心の中で
『誰の所為って、確実にアンタの所為だよ』
と思っていたが、誰一人として決して口には出さなかった。
「…中在家先輩ってさ、ミステリアス通り越してミステリーだよね。暗がりから突然出てきたら絶対死人出るよ」
「喜八郎!!しぃっ!!」
…口には出さなかった。
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