愛のこもった優勝賞品

川を越えた先の古い橋を渡り、坂を上がったところにある開けた場所。簡易的な松明でぼんやりと照らされるその場所には、可愛らしい字で『ゴール』と書いてある旗が立っていた。
優勝を褒め称える声、完走を労わる声、そして疲労を滲ませた愚痴があちこちから聞こえるその場所で、桃色の装束を纏った二人の少女はやっと終わりを迎えた騒動に一息つく。

「何とか無事に終わったわね、ユキちゃん…」

「そうね、トモミちゃん…」

げんなりとした表情で額に滲んだ汗を拭いながら、2人は揃ってちらりと視界の端に映る深緑と深赤を見た。


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戦国南蛮コレクション、略してナンコレにモデルとして参加した忍たまたちは、ステージが終わるとすぐさま退場口からゴールに向かい走り出した。
慣れないサパットで走り難そうな下級生たちを相棒の上級生が引っ張って走る中、事前に忍足袋に履き替えていた長次ときり丸ペアは先頭を激走。
橋を渡ったすぐ先に設置されていた落とし穴地獄も数多の犠牲者脱落者を出したのだが、本気になった6年生には通用せず、長次はきり丸を抱えて突破。
あちこちが脆くなっている古い橋も混み合う前に通り抜け、強敵だと踏んでいた七松小平太の追跡を知略で振り切った2人は見事一番にゴールに到着することが出来た。
コースには踏み入らず、道の脇の木々を飛び移って彼らの後ろを追走していた澄姫は、無事にゴールテープを切った2人の姿を確認した後地面に降り立ち、優勝賞品を掲げて喜ぶきり丸の姿を優しく見守る。

「中在家先輩、見てくださいこれ!!学費免除券です!!やったぁ!!」

今にも小躍りを始めそうな少年の姿に視線を向けた長次。いつどんな時でもあまり表情を変えない彼を相変わらずだなと見つめていた澄姫は、優しく吹いた風で揺らめいた松明に照らし出された彼の顔を見て、あ、と艶めいた声を漏らした。

「…きり丸……これで…」

「え?」

「…私の分とあわせて…一年分の学費が、免除になる…」

風に消えそうな囁き声と共に差し出された大きな手。いつもは学校行事に一切の興味を示さない長次が珍しく闘志を燃やし優勝を狙っていた理由をやっと理解したきり丸は、大きく見開いた瞳にじわりと涙を滲ませた。

「じゃあ、中在家先輩が必死になって走ったのは、ぼくのために…?」

大事な大事な免除券を受け取った小さな手に力が篭り、くしゃりと封書が小さな悲鳴をあげる。
生い立ちゆえに逞しく生きる可愛い後輩の問い掛けには答えず、その代わり猫目の端に光る涙を親指でサッと払った長次は、優しさを含んだ勝気な笑みを一瞬だけ浮かべた。

「…あ、りがとうございます…っ!!」

一瞬言葉に詰まった、歓喜の声。
それは銭が大好きなドケチの言葉ではなく、きっと−−−………。

その後、もう一度長次にお礼を言ってからぞくぞくとゴール地点に到着し出した友人たちのところへと走っていったきり丸を見送った長次は、さて随分とほったらかしにしてしまったとずっと背後に感じていた愛しい気配を振り返る。
松明の灯りが届くか届かないかの微妙な距離で佇んでいる深赤を捉えた彼は、ヘソを曲げていないことを祈りながら俯いている彼女に近付き、静かにその名を呼んだ。

「……澄姫…」

後輩たちの歓声に掻き消されてしまいそうな声だったが、澄姫の耳にはしっかりと届いたようで、彼女はがばりと顔をあげる。
しかし突然名を呼ばれた澄姫よりも、長次のほうが度肝を抜かれてしまった。
松明の灯りのせいではない、赤く色付いた頬。
疲労とは明らかに違う、潤んだ瞳。

「なっ…!!」

「ちっ、ちがうの!!何でもな、くはないけれど…!!」

驚きのあまり珍しく大きな声を上げそうになった長次の口を慌てて両手で押さえた澄姫は、あちこちに視線を彷徨わせてから、観念したように大きく深呼吸をし、それから何とも言えない上目遣いで彼を見やった。

「………長次って、後輩には、あ、あんな風に笑うのね…」

蚊の鳴くような声で初めて見たわと付け加えた澄姫は、恥ずかしさのあまりそのまま深緑の逞しい胸に顔を埋める。
肺一杯に彼の匂いを吸い込んで落ち着いたのか、ふうと息を吐いた彼女は次の瞬間小さく笑い、目の前の深緑の装束を指で弄びながら囁く。

「…優勝したのに、賞品なくなっちゃったわね」

そしてゆるりと顔をあげ、蕩けた笑みを長次に向けた。

「でも、とっても格好よかったわ」

その一言で、ぼふっと彼の顔が真っ赤になる。
照れた顔を見られないように澄姫の細腰を抱き寄せた長次は、自分の優勝賞品は彼女の笑顔と言葉で十分だなと思いながら、まだ赤みを帯びている愛らしい耳に息を吹き込むように逢瀬の約束を囁いた。



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そんな2人のバカップルぶりを眺めていたユキちゃんとトモミちゃんは、釣られるように頬を赤く染めながら顔を見合わせて苦笑い。

「…相変わらずラッブラブよねぇ、あの2人は」

「ホーント、羨ましくってやんなっちゃうわ」

呆れたように吐き捨てた2人はしかし、次の瞬間には心底嬉しそうに笑って自分たちを呼ぶ友人たちのところへと駆けていった。

めでたしめでたし………といいたいところだが、このとき2人が約束した逢瀬の日、また学園長先生の私利私欲に塗れた迷惑な思いつきで文化祭騒動が起こってしまい、大激怒した澄姫が学園を半壊させるとは夢にも思わなかった。

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