いざプロ忍と!!

野営地での騒動が一息ついた頃、キノコ裏々川の川原特設闘技場ではタソガレドキ忍軍組頭雑渡昆奈門対忍術学園5年生&6年生の試合が幕を開けようとしていた。
実況のくのいち教室トモミちゃんがマイクに向かって状況を説明しており、その隣にある解説席では『燃える戦国作法』立花仙蔵、『9年目のプリンス』食満留三郎、『沈黙の生き字引』中在家長次、そして『魅惑の猛獣使い』平澄姫がスタンバイしている。
応援席には所属委員会委員長を懸命に応援する田村三木ヱ門、彼に対抗心を燃やす平滝夜叉丸を筆頭にいやいやついてきた1年生がちらほら。
色々な感情が入り混じった視線を受けながら、タソガレドキ忍軍組頭雑渡昆奈門は包帯から覗く片目を三日月のように歪めながら澄姫に向かってひらひらと手を振っている。
その姿を見て、トモミちゃんはふと感じた疑問を口にした。

「…でも、タソガレドキ忍軍組頭である雑渡昆奈門が忍たまと勝負なんて、よく承知してくれましたねぇ」

本人は誰にでもなく呟いたつもりだが、それを耳聡く聞いた仙蔵がふっと笑い、昆奈門の前で仁王立ちしている文次郎を指差した。

「組頭の知り合いだという善法寺伊作の依頼状があったからな」

「え〜?善法寺先輩がそんな依頼状を書くなんて…」

示された方向に視線を向けながら信じられないとでも言いたそうに呟いたトモミちゃんだったが、言葉の途中で上機嫌に笑う仙蔵に気がつき訝しそうに眉を顰める。

「なーに、あれは偽手紙だ」

「長次が書いたんだよ」

声を潜めて真実を述べた仙蔵に続き、留三郎も腕を組んで澄姫と肩を並べて地面にしゃがんでいる長次の後頭部をつんつんと突きながら笑顔を浮かべた。

「そんな偽手紙にプロの忍者の組頭ともあろう人がだまされるなんて…」

仙蔵と留三郎の話を聞いたトモミちゃんは、恐るべき実力者だって聞いてたのになと唇を尖らせる。何とも不服そうな彼女を見た仙蔵は腕を組み、いいや、とせせら笑う。留三郎もまた何かを楽しんでいるような笑いを漏らし、腰に手を当てた。

「わかっててわざと信用したふりをしてくれたんだ。なあ澄姫?」

「ええ。文次郎や5年生は真剣だけれど、あの包帯男には遊びの一環なんでしょうね」

無言を貫く長次に寄り添った澄姫は、留三郎の言葉に頷き、どこまでも食えない男、と不愉快そうに鼻に皺を寄せる。
そうこうしているうちに試合が開始されたのか、今まで地面にガリガリと何かを書いていた群青の中から物凄い頭の不破雷蔵が一歩前に出て、昆奈門の前に立ちはだかった。
5年生の中でも真面目で成績優秀な雷蔵ならばなかなかにいい戦いをするのではないかと盛り上がり始めた仙蔵と留三郎だったが、昆奈門となにやら言葉を交わした直後唯一の欠点である迷い癖を遺憾なく発揮し始めた彼は間髪いれずにボコボコにされあっという間に敗退。
その姿を見た雷蔵のモンペ親友である鉢屋三郎が激怒し、二番手である久々知兵助を押しのけ昆奈門に食ってかかる。完全に敵の思う壷な姿を見て、解説席に3つの大きな溜息が零れた。

「のせられちゃって…」

「アホね」

「アホだな」

無遠慮に投げられる辛辣な言葉に乾いた笑いを漏らすしかないトモミちゃんが冷静に実況を続ける中、得意の瓢刀で昆奈門に挑む三郎。しかしいまひとつペースが掴めず苦戦を強いられている。対して昆奈門はさすがプロだけあって背後からの部下の応援にもしっかり振り向き、さらに手を振って答える余裕まであるらしい。
余裕綽々の彼は部下から視線を動かし、長次の隣で呆れた顔をして三郎を見ている澄姫に向かい、ニヤけ顔で手をふり始めた。

「澄姫ちゃーん、おじさんかっこいいでしょー?ラウンドガールとして出てきてもいいんだよー?」

本気なのか冗談なのか、にいと細められた目に捉えられた澄姫は心底嫌そうな顔をして長次の腕に縋りつく。長次もまた大事な恋仲を守るように大きな体躯で彼女を隠し、じっと昆奈門を睨み付けた。
その間に三郎は作戦を変更したのか、しんべヱの顔に変装しており、何かのスイッチを刺激された仙蔵が整った顔を引き攣らせる。
だがしかし、せっかくの戦意喪失作戦も昆奈門には通用せず、激しく動いたせいで変装が剥がれかけたところを逆に狙われてしまい敗退。
見事としか言いようのない棒術で三郎の不敗神話を崩した昆奈門は、素顔を見られるギリギリのところで雷蔵の顔に変装した三郎を肩越しに見やり、背後から近付いてきた山本陣内の報告に耳を傾けるとひとつ頷き、スタンバイしている5年生たちに向かい手招きをすると

「5年生諸君、時間があまりない。後はまとめてかかってこい」

と、自信満々に言い放った。
それにカチンときたのは5年生だけならず6年生も。
舐められているのが明白で、悔しそうに歯を剥いて唸っている小平太の隣で文次郎が握り締めた拳を震わせている。

「ナメやがって〜!!」

「よーし、5年生全員でかかれ!!」

文次郎の号令で5年生の久々知兵助、尾浜勘右衛門、竹谷八左ヱ門がザザッと前に出る。狙ったわけではないが戦力的にバランスの取れている3人組の登場に昆奈門が小さく感嘆の声を漏らしたその時、悲劇は起こった。
兵助が懐から取り出した宝禄火矢と、八左ヱ門が懐から取り出した壷をほぼ同時に投げてしまい、空中で接触。爆発音と共にバラバラと降り注ぐナニかによって現場は騒然。

「ヒィッ、な、何か降ってきたぞ!?」

「……澄姫…竹谷の壷には一体、何が…」

「…………うふっ★」

「聞かねー方がいいみたいだぞ長次、5年生も同じ反応してるぜ…」

汚すなと言われた敷物をナニかの虫だらけにしてしまった八左ヱ門が兵助、勘右衛門と共に敷物に包まれ燻蒸されてしまったのを見て、とうとう出番が来たかと嬉しそうにガッツポーズした文次郎。

「くそぅ〜、よーしそれではいよいよ俺が…」

しかしそうは問屋が卸さないとばかりに小平太が彼の肩を掴み、何故か兵助が取り出した宝禄火矢の大きさについてイチャモンをつけ始めた。

「バカだなあんな小さな宝禄火矢を投げるとは!!」

「えっ!?」

「仙蔵!!もっとでっかいの持ってない!?」

「えっ!!?」

イチャモンをつけるだけならまだしも、もっとでかいの寄越せと喚く小平太に文次郎も困惑。

「でかい宝禄火矢ならここにある」

そして期待に応えてどこからかでっかい宝禄火矢を取り出した仙蔵に留三郎がどこにそんなもん持ってたんだとツッコむが、その隙に何故か長次が導火線に点火してしまい、それを見た澄姫が青褪める。

「そら、受け取れ」

とんでもなく軽い口調で投げられた宝禄火矢は何故か請求した小平太ではなく文次郎に一直線。情けない悲鳴をあげて火のついた巨大宝禄火矢をレシーブした文次郎だが、巨大宝禄火矢は大きく跳ねて応援席へ飛び込んだ。

「ギャー!!」

「こっちきたー!!」

井桁たちが悲鳴をあげて逃げ惑う中、何とか4年生の三木ヱ門と滝夜叉丸がトスし、高く打ちあがったそれに小平太が勢いよくアタックをかます。
巨大宝禄火矢は物凄いスピードで昆奈門に向かい一直線に飛んでいったのだが、一斉に集まってきた錆色の装束の中から一瞬早く抜け出た尊奈門の手によって弾かれ、うまくそれをキャッチした昆奈門は見事なリフティングで導火線がじりじりと燃えていく様を見ている。

「小平太くん、君のいけどんスパイクをもう一度見せてもらおうか…ただし、打ち込むのはあの山の中腹だ」

導火線が大分短くなった頃を見計らい、昆奈門はにやりと笑って自身の左側にある山の一つを指差した。突然の指示に噛み付いた小平太だが、文次郎が示された場所の何かに気が付く。
ギャンギャンと煩い熱血漢かと思いきや、意外と冷静に周りを見ているもんだと感心した昆奈門はそろそろ導火線が燃え尽きそうな巨大宝禄火矢をポーンと高く蹴る。

「ちょ、っと、きゃあ!!」

「うひゃああ!!」

大きく弧を描いて飛んできた巨大宝禄火矢に驚いた澄姫が悲鳴をあげながらも咄嗟に弾き、それを文次郎が何とかレシーブで拾い上げる。
ぽーん、と上がったそれを見て長次が無言でトスを上げると、何の掛け声もなしに阿吽の呼吸で走り出す小平太。

「いけどんスパーイク!!」

大きな声を上げて勢いよく打たれた巨大宝禄火矢は、まるで隕石のようなスピードで山の中腹でぼんやり光る何かに直撃し大爆発。
そこから吹っ飛んでいった何かを訝しそうに眺めていた仙蔵と留三郎が昆奈門から話を聞いている一方で、とんでもなく面倒なことになってしまったオリエンテーリングに痛み始めた頭を軽く押さえた澄姫は、不機嫌そうに桜色の唇を突き出す。

「もう、本当に学園長先生の思いつきは面倒以外のなんでもないわね」

こんなんじゃ隙を見て逢瀬どころか完走だって難しそうじゃないのよ、とぶすくれながらツンとそっぽを向き、完全にへそを曲げてしまった彼女に気が付いた長次は、友人たちに気取られないようにそっと目尻を下げた。

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