キノコ裏々川のほとりにて

さて、頭上で眩しく輝いていた太陽も西に傾き、周囲が徐々に暗くなってきた頃。
タソガレドキ軍に加えドクタケ忍者隊もうろうろしているという情報が入ったため、忍術学園の先生方は協議の結果生徒の安全も考慮して、一番野営に適しているキノコ裏々川のほとりにある第四ポイントへサバイバルオリエンテーリング参加生徒たちを集合させた。
ぞくぞくと各チームが集まり、見知った顔を見つけては生徒たちが駆けていく。
その中に合流した中在家長次と竹やぶから同行していた平澄姫は、大の仲良し2人を見つけて駆け出して行ったきり丸の背を見送りながら背負っていた風呂敷いっぱいのたけのこをそっと地面に降ろし、深々と溜息を吐いた。

「…別に嫌ではないんだけれど、こう、何て言うのかしら…」

「………ぐすっ…」

人のいい藪主さんにきり丸の両親と勘違いされた2人は、沈み行く太陽をぼんやり眺めながら勝手に溢れてきてしまう涙を堪える。
実年齢よりも落ち着きがある2人は頼り甲斐があるといえば聞こえがいいのだが、そこはやはり思春期真っ盛り。あんな大きな子供がいる年齢に見えるのだろうかという疑問がチクチクと胸を刺す。
そんな傷心の2人を横目でちらりと見ていた乱太郎は、嬉しそうなきり丸によかったねと返しながら、内心では確かに中在家長次先輩も平澄姫先輩も正直15歳には見えないもんなぁと苦笑をもらしていた。
まるでいつもと変わらない、学園にいるときのような朗らかな空気が蔓延し始めたその時、恐らくビリケツ争いをしているであろう善法寺伊作と鶴町伏木蔵ペアがボロボロの格好で第四ポイントに到着した。
なにやら慌てた様子で土井先生に報告していたが、直後彼らの顔が悲壮感に満ち溢れたところを見ると、既に誰もが知っている不審者の情報でも持ってきたのだろう。
その姿を見れば、自分の怪我など気にも留めず、皆のために必死に走ってきたことは想像に難くない。
誰よりも不運な癖に誰よりも優しくてお人好しな友人を見た長次と澄姫は、顔を見合わせて相変わらずだとそっと笑う。
人のよさが滲む満身創痍な伊作を見てすっかりショックが吹っ飛んだ2人は、気持ちを切り替えて野営の準備に取り掛かろうとした。
だが、直後鉢屋三郎と尾浜勘右衛門の話を小耳に挟んだ澄姫は、こともあろうに好奇心旺盛な1年は組の前でとんでもない行動を取ろうとした三郎の衿を寸でのところで引っ掴む。

「よし虎若ッ、俺たちも参加しよう!!」

「あっ、待て勘右衛門!!私たちも行くぞ庄左ヱもグギュー!!」

「待つのは貴方よ三郎!!」

生物委員会委員長である彼女はあっという間に走り去ってしまった勘右衛門を睨みながら三郎の衿を引っ張り、彼に引き摺られそうになっていた黒木庄左ヱ門をひったくるように抱き上げる。

「ゲホッ、澄姫先輩!!」

「話は聞かせてもらったわよ。夜の川というだけでも1年生にはまだ危ないのに、しかもタソガレドキ忍軍がウヨウヨいる危険な場所に連れて行こうだなんて何を考えているの?あの鍛錬馬鹿で発せる言語はギンギンだけの脳筋文次郎と同じレベルになりたいの?」

「え、ちょ、それは言い過…あ、なんでもないでーす…」

「勘右衛門もうちの可愛い虎若を…!!怪我でもさせたらお仕置きじゃ済まないわよ!!ハチ!!すぐ追いかけなさい!!」

「はいっ!!」

あまりの視線の鋭さにツッコミ(フォロー?)さえも途中で投げ出した三郎は、素直に謝って庄左ヱ門の手を離し、飼い主から指示を出された忠犬ハチと雷蔵と共に雑渡昆奈門と一戦交える文次郎の加勢をするため駆けて行った。
しかし話を聞いてしまった1年は組の金吾、きり丸、乱太郎、伊助、三治郎は面白そうだと行く気満々。特に所属している保健委員会で顔馴染みになっている乱太郎はタソガレドキ忍軍を危険視していないからだろう、気分はまるで物見湯山だ。
幼い故の無邪気な油断…それは本来ならば子供の特権なのだが、彼らは忍者のたまご、そして相手は敵対する城の相当腕の立つ忍者隊組頭。
決して馴れ合える相手ではないのだと厳しく言い聞かせようとした澄姫が口を開きかけた時、話を聞きつけた食満留三郎と立花仙蔵がやってきた。

「危険だから1年生はここにいろ。文次郎にいくら5年生が手を貸したところでかなうまい」

「なにしろ相手はタソガレドキ忍軍のトップだ」

2人の声に振り返った井桁たちは、一斉に眉を下げる。うまい事を言って同行させてもらおうとでも思っていたのだろうが、留三郎と仙蔵は声は柔らかいものの目が笑っておらず、どこかピリピリした雰囲気を醸し出していた。
真剣な6年生の表情を見てしまった1年生たちは各々顔を見合わせて危機感を悟り、それぞれ慕う6年生に不服そうな顔を見せながらもついていかないことを約束する。
好奇心旺盛で楽観的ではあるが、きちんと自分たちの実力を見極めている1年は組の素直でいい子達に安堵の息を吐いた澄姫は、怪我しないでくださいねと心配そうに袖を引っ張る虎若と三治郎の頭を撫でてから、深緑に混じり歩き出す。

「あらら〜行っちゃったー。ぼくたちもプロの忍者と6年生・5年生の勝負見たかったね」

「うん。今この野営地に残ってる6年生は怪我をした善法寺伊作先輩だけだ………あ」

深緑と深赤の背中が見えなくなるまで見送っていた三治郎が残念そうに唇を尖らせて呟けば、それに頷いた乱太郎が何かを思い出したように眼鏡を曇らせる。

「忘れてたー!!伊作先輩怪我しておられたんだ!!」

言うが早いが、どこに持っていたのか救急セットを抱えて伊作に駆け寄る乱太郎。
野営地は野営地でこの後騒動に見舞われるのだが、それは原作でお楽しみください。

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