激怒

(天女視点)

薄暗い和室の隅で膝を抱えて蹲る。
とんでもない屈辱を受けた昼休み、長次くんに部屋まで送ってもらって、そのままこの体勢。
長次くんは授業と委員会があるとかで、放課後になっても顔を出さない。
誰も、私の部屋を訪れない。
外から小さく聞こえる楽しそうな声は、ますます私を惨めにしていく。

「あの女…絶対許さない…」

呟いたその声に言葉を返すものは、いない。



と、思ったんだけど、そんな私の耳にいつか聞いたあの声が聞こえた。

「大分機嫌が悪そうだね?」

こっちの機嫌もお構いなしにお気楽に喋るのは、私をこの世界に来させたあの白い服を着た神様。
私とは対角の暗闇からずるりと姿を現して、相変わらずにこにこと笑っている。
そんな神様に、私は怒りを込めて近くにあった携帯を投げつける。

「っ誰のせいよ!!」

「え?あの澄姫って綺麗な女の子のせいじゃないの?それとも私のせいなの?」

携帯をひょいと避けて、私に近寄ってくる神様は、暢気にそう言う。
避けられた携帯は壁に当たって、ばらばらに壊れてしまった。

「さいっあく!!なんなのよ一体!!」

それにますます腹が立ち、私は叫ぶように怒鳴った。

「………仕方ない。まあ、落ち着きなよ」

「落ち着いてらんないわよ、話が違うじゃない!!何が悩殺メロメロ補正よ!!全然ダメじゃない!!」

「…いや、そこまでの補正じゃないし…」

ぶつぶつと気に入らない笑いを浮かべながら、神様がそう言うもんだから、私は思いっきり掴み掛かる。

「約束と違うじゃない!!全然ちやほやしてくれないし、お姫様扱いじゃない!!全部めちゃくちゃ!!なんなのよあ「ちょっと黙ってくれる?」…!!?」

私が不満を訴えてる最中だってのに、神様はあろう事か私の顎を掴んで強制的に私を黙らせた。
女の子に乱暴なことするなんて神様の風上にも置けないわ!!

そう思っていた私に、神様はぐっと顔を近づけて「あのねえ」と話し始めた。

「五月蝿いから教えてあげるよ。君が今こうなってるのはね、自業自得なの」

「…は?…なによ、それ…」

「君の願いはこうだよね?『一度でいいからかっこいい男の子に囲まれてちやほやされたい』そして『君だけの王子様を見つけたい』そう言ったよね?」

ゆっくりと、まるで子供に語りかけるように、神様は言う。

「そして、私が色々補正をかけてあげようとした時、君は『失礼ね、これでも地元じゃちょっとした美少女なんだから』と言って断った。だから私は悩殺補正だけをかけたんだよ?」

「…はぁ?」

「あーもー、だからねえ、私は君が願った通り『一度だけ』かっこいい男の子に囲まれてちやほやされる悩殺補正をかけたの。だからここの世界の男の子たちがすぐ正気に戻っちゃったのも、自業自得なの」

「何よそれ!!揚げ足取ってんじゃないわよ!!」

性格悪い、それでも神様なの!?そう続けようとした私の顎を、またしても掴む。

「願い事は正確に伝えないとね。それに、君が自惚れてなかったらね、もうちょっとマシな取り合いが出来てたんだよ?」

結構な力で私を黙らせたまま、神様はぐっと拳を握り締めて熱く語り出した。

「あの澄姫って子、ホント恐ろしいほどの美人だもんねぇ…綺麗な長い髪に、潤んだ瞳、通った鼻筋に、薄いけどぷるっとした唇。透き通るような白いきめ細やかな肌に、折れそうなほど華奢な体躯。それに見合わず、垂涎モノのわがままボディに、女王様のような気品ある振る舞い…たまらんッ!!」

それに引き換え、と、突然冷めた眼差しを私に向けた。

「君はね…確かにちょっと可愛いほうだけど…ぱさぱさの髪にパッチリお目目は化粧の賜物、小さな鼻にぽってり唇でバランス悪いし、不健康に白い肌は乾燥気味。確かに華奢だけど、出るところも…ねぇ?それに加えて、性格がアレでしょ?男受けはいいけど女受け最悪でしょ?」

パパとママが聞いたら憤死しそうな私への罵倒のオンパレードに、ますます怒りが募る。
私は顎を掴んでいる神様の手を、両手で乱暴に剥がす。

「バカにしないでよ!!私よりあの女のほうが優れてるって言いたいの!?」

「いや、言いたいんじゃなくて、そう言ってるの」

「ふっざけないで!!冗談じゃないわよ!!何とかしなさいよ!!」

私が必死にそう叫ぶと、神様はうーん、と唸りながら、何かを考え込んだ。
そして唐突に、べろ、と舌を出し、こう言い放って笑った。

「最後に『王子様』が見つかれば、契約違反じゃないんだけど、仕方ない。どうしても困ったら呼んで。でも一回だけだからね?」

私って優しい!!なんてはしゃぎながら、あっと言う間に神様は部屋から姿を消した。
随分と適当で屁理屈満載の神様がいたもんだ、と私は呆れたけど、まあいいわ。
これでなんとかあの女にひと泡吹かせてやれそう!!

私は、これからどうにかしてあの女から皆を取り戻す作戦を練るべく、慣れない手つきで蝋燭に火を灯した。


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