ずぶ濡れの恋

雨が続く7月上旬、曇天の中実習を終えた6年生の長次と澄姫は、学園へ帰るまでの山道で運悪く突然の大雨に見舞われてしまい、慌てて大きな木の下へ逃げ込んだ。

「ああもう、突然降ってくるなんて!!学園に帰るまでもう少し待ってくれてもよかったのに!!」

「…この時期は……仕方がない…」

「そうだけれど…この雨、伊作の所為かしら?」

「………まさか」

「うふふ、冗談よ」

濡れてしまった頭巾を取り、手拭いで体を拭きながら頬を膨らませた澄姫が一緒に実習を受けた友人を思い出しながらそう言えば、長次の瞳が微かに緩む。
雷も鳴っていないし、そんなに長くは降らないだろうと読んだ2人は雨が止むまで暫く待つことに決め、立派な木の幹に背中を預けた。
幸い茂った葉で雨は遮られているので、風邪を引くこともないだろう。
そう長次が思った矢先、隣から可愛らしいくしゃみがふたつ。

「………寒い、か…?」

「いいえ、大丈夫よ」

彼の小さな問いに返ってきたのは気丈な言葉。しかし、その直後またくしゅんと聞こえ、澄姫は気まずそうに視線を逸らす。
ばつの悪そうなその顔が可愛くて、長次は喉の奥で小さく笑うと、おもむろに上着を寛げて腕を広げた。

「………汗臭いかも、しれないが…」

ほんの少しだけ恥ずかしそうにそう言って、澄姫の華奢な体をそっと引いて腕の中に招き入れ、彼女を包み込むようにふわりと上着を掛けた。

「ち、長次…っ」

眼前に迫った傷の多い肌と、体を包み込むぬくもりと逞しい腕、鼻腔を擽る彼の匂いに、澄姫の整った顔が真っ赤に染まる。
羞恥と歓喜と戸惑いが綯い交ぜになった声で彼の名を呼べば、優しい視線が返ってきて、彼女はもうこれ以上ないくらいに赤くなった顔を隠そうと俯いた。

「……身体を冷やしては、いけない…」

「だっ、だけどこれじゃ、長次が寒いでしょう…!?」

頭上から掛けられた気遣わしげな言葉は嬉しかったのだが、自分を包み込むために上着を寛げている長次は逆に寒いのではないかと眉を下げて、澄姫は肩に触れている彼の無骨な指にそっと指を這わせる。
するとあっという間にその指は絡め取られ、驚いた彼女が赤い顔のまま長次を顔を見上げれば、彼は珍しく目尻を仄かに赤く染めて雨音に掻き消されそうなくらい小さな声で囁いた。

「……澄姫が…暖かいから、私は…寒く、ない…」

照れが滲むその言葉で、とうとう澄姫の視界はくらりと揺れた。

「わ、私が暖かいのは…長次のせいなんだからぁ…っ」

暖かいというより熱いくらいの澄姫はぎゅうと長次にしがみ付き、痛いくらいに高鳴る鼓動がどうか彼の耳には届きませんようにと必死に祈った。





(私、生石灰みたい)


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