煌めく世界ときみ
今日は学園から近い町で夏祭りが開かれている。
夕暮れに染まる学園を笑顔で出て行く生徒や先生たちを見送りながら、長次は藍色に掠れ十字柄の浴衣を纏い、じっと待ち人を待っていた。
どれくらいそうしていただろう、そろそろ呼びに行こうかと顔を上げたその時、からからと下駄を鳴らして駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ごめんなさい!!支度に手間取っちゃって…」
急いで走ってきたのだろう。額にうっすらと汗を滲ませて、申し訳なさそうな顔で駆け寄ってきた澄姫に、長次は息を呑んだ。
もとより美しい彼女は、明るめの紫に大輪の朝顔が描かれた浴衣を纏っており、その細腰には鮮やかな赤い帯が締められていた。ともすれば派手とも思える合わせ方だが、顔立ちが華やかな彼女にはとてもよく似合っている。
「…長次?」
すっかり見惚れて黙りこくってしまった長次を上目遣いに見上げた澄姫は、こてりと首を傾げて不思議そうに彼の名を呼んだ。
それにはっとした長次は慌てて頭を振り、恥ずかしさを誤魔化すようにひとつ咳払いをすると小さな声で、そんなに待っていない、と嘯く。
彼の気遣いに一瞬きょとんとした澄姫だが、素直に好意に甘えることに決めたようで、白い腕をするりと逞しい腕に絡ませると、行きましょ、と笑った。
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町に着くと、大通りにはたくさんの提灯が吊るされ、所狭しと露店が並んでいた。
人ごみで逸れてしまわない様にしっかりと腕を絡ませて歩いていると、ふと澄姫の目に止まった赤と黒。
「金魚…」
大きな桶をすいすいと泳ぐ小さな金魚たちを見て、生物委員会委員長である澄姫はすっかり足を止めてしまった。
生物大好きな彼女のその様子に、長次はふと目尻を下げて、袖から財布を取り出して彼女に問い掛けた。
「……澄姫…何匹、欲しい…?」
「えっ!?い、いいわ!!自分でやるから!!」
「……いいから…」
「う………じゃあ、十匹、くらい…?」
自分だけに向けられる甘い眼差しに速攻で陥落した澄姫は恥ずかしそうに俯いて、両手を広げて彼に見せた。それを見てこくりと無言で頷いた長次は屋台の店主にお金を渡し、代わりにポイを受け取ると、桶の前にしゃがんで水面に浮かんでいた小さなおわんを手に取り、すっと目を細めて元気に泳ぎ回る金魚たちに狙いを定める。
大胆かつ繊細な手付きで、長次の大きな手がポイを器用に操り、水面から次々と金魚が飛び出す。それを難なくおわんで受け止め、始終無表情のままおわんと無傷のポイを店主に差し出した。
あっけに取られた店主があっけに取られたままおわんの中身を袋に移せば、元気な赤が七匹と、ひらひらした尾が特徴的な黒が五匹、水の中を舞い始めた。
「……取り、すぎた…」
短く呟いてそれを澄姫に渡した長次は、凄い凄いと騒ぎ始めたギャラリーから逃げるように彼女の手を引いて金魚すくいの屋台から離れる。
「すごい、長次、かっこいい!!」
「……濡れた紙を…破らないように扱うのは…得意だ…」
屋台から少し離れた、休憩所のように解放されている茶屋の椅子に腰を降ろした長次は、隣に腰を降ろした澄姫の賛辞に照れたように頬を掻く。
「長次がとってくれた金魚、大切に育てるわね!!帰ったら早速水盆と塩を用意しなくちゃ!!」
「………塩?」
「ええ。金魚すくいでとった金魚ってね、病気を持っていることがあるからまず塩浴させるのよ。桶一杯に塩ひと匙くらいかしら…殺菌効果もあって真水よりも金魚には楽な環境なのよ」
「……そう、なのか…」
「うふふ、万全の体調にしてしゃもじよりも大きくしてやるわよ、お前たち。未来をくれた長次にしっかり感謝なさい」
「………(可愛い)」
大袈裟なくらい喜んでくれるその煌く笑顔が眩しくて、もっと見たくて、その日彼は数多くの露店を荒らしまわった。
煌めく世界ときみ(灯りも、花火も、君の笑顔には敵わない)
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