悲しみのオリエンテーリング

冬の寒さも大分和らぎ、山が春を迎える準備をし始めた頃。
盛大な騒動からやっと落ち着いてきた忍術学園の、6年い組の教室で談笑していた澄姫と仙蔵は、転がり込むようにやってきた1年は組の笹山兵太夫に揃って目を丸くした。

「立花先輩!!ぼくと組んでくださぁい!!」

「ああ、いいぞ」

挨拶もなしにそう言った兵太夫に、疑問さえ持たずに二つ返事を返した仙蔵。彼の腕を肘でつき、せめて状況と理由ぐらい聞きなさいよ、と窘めた澄姫は嬉しそうに飛び跳ねる兵太夫をとっ捕まえ、そのぷにぷにの頬をつついた。

「兵太夫、組って一体何のこと?」

「ぼくもさっき庄左ヱ門から聞かされたばっかりなんですけど、なんか学園長先生が急に『混合ダブルスサバイバルオリエンテーリング』を開くって言い出したらしくって」

「混合ダブルスサバイバルオリエンテーリング…わかりやすく言えばまぜこぜ二人一組生き残り野外指定地点発見通過走破時間争い競技だな」

「全然わかりやすくない説明どうもありがとう仙蔵。なるほどねぇ…それで兵太夫は大慌てで仙蔵を誘いにきたと…そういうこと?」

澄姫の問い掛けに頷いた兵太夫。内心また面倒なことを…と思った彼女だが、次の瞬間はっとする。

「…野外指定地点発見通過走破…つまり、学園外…やだ!!長次と堂々とお出掛けできるチャンスじゃない!!こうしちゃいられないわ!!」

そう言うなり教室を飛び出した澄姫。
突然のことにあっけに取られている兵太夫の隣で、仙蔵はくつくつと笑い始めた。

「まったくあいつは…欲が絡むと途端に間抜けだな。なぁ、兵太夫」

「ですね…」



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ところ変わって、オリエンテーリングの受付前。
吉野先生と小松田さん、事務員のおばちゃんがてきぱきと仕事をこなしてるその前で、澄姫はがっくりと項垂れていた。

「澄姫ちゃぁん、元気だしてよぉ」

「…なんで…なんでよぉ…っ!!」

「平さん、決まりなので仕方がないです。あとそこ邪魔です」

「酷いわ…あんまりよ…せっかく、せっかく長次とお出掛けできるチャンスだったのに…!!」

グスグスと泣き言を漏らしながら、彼女は大きな瞳からボロボロと涙を流した。
勢いよく受付にやってきたはいいものの、いざエントリー!!となった時点で吉野先生から『パートナー同伴でないとエントリーが出来ません』と告げられた。
それだけならまだしも『中在家長次くんは既に摂津のきり丸くんとエントリー済です』と衝撃の事実を告げられ、更に追い討ちをかけるように『混合だから同学年同士のエントリーは出来ません』と一刀両断。
こうなったらきり丸と仲がいい乱太郎かしんべヱと組んで長次の組と…と画策し始めた彼女に、小松田さんが呑気な笑顔で言い放った。

『くのたまの子は今回実況のため出走できませぇん』

その言葉は鋭利な刃となって、澄姫の心を切り裂いたのだ。
と、まあなんともくだらない理由で泣いている彼女の隣で、生徒たちはどんどんと受付を済ませて地図を受け取り出発準備を進めている。
遂に一番最後まで揉めていた保健委員たちが現れ、彼女は藁にも縋る思いで鶴町伏木蔵に縋りついた。

「伏木蔵!!私と組まない!?伊作なんかよりも頼りになると思うの!!」

「伊作“なんか”って、ちょっと澄姫…」

「わぁ。そりゃぼくもスリルたっぷりな伊作先輩より強くてきれいで頼りになる澄姫先輩と組みたいですけどぉ、決まりなんでぇ…ごめんなさぁい」

「そんなぁ…」

しかしあえなく撃沈。もうこうなったらと同情心を煽る潤んだ瞳を受付していた川西左近に向けるが、彼はフンと鼻を鳴らして乱太郎の手を引いてすたすたと歩いていってしまった。
これで全員の受付が終わり、とうとう打つ手がなくなってスンスン鼻を啜り始めた澄姫…なかなかに情けない姿を曝す彼女を苦笑いでずっと眺めていたくのいち教室のユキとトモミが揃って彼女の肩をぽんと叩いた。

「もう、そんなに泣かないでくださいよ澄姫先輩」

「そうですよ、ほら、マイク。庄左ヱ門の代わりに実況頑張りましょうよ」

「ぐすん…ユキちゃん、トモミちゃん…だってぇ…」

渡されたマイクを反射的に受け取りながらもまだグズグズと文句を垂れている彼女に顔を見合わせたユキとトモミは、こくりとひとつ頷いて彼女の耳元で交互に囁く。

「澄姫先輩、トモミちゃんが実況、私は現場から実況しますから」

「先輩はチームを追跡実況してくださいねっ」

仄かに笑いを含んだ囁きに、澄姫は濡れた瞳をぱちぱちと見開く。

「……それって…」

「「そういうコトでーす☆」」

小さく零れた言葉に仲良く腕を組んで可愛い笑顔を浮かべる後輩2人の気遣いに、しょぼくれていた彼女はうってかわって喜色満面。

「ユキちゃん、トモミちゃん、ありがとう!!大好きよ!!」

そう言って、がばりと2人を纏めて抱き締める。
顔が見えないのをいいことに呆れ笑いを漏らした2人はそれでも嬉しそうに目配せをすると、俄然やる気になった澄姫と共に元気よく駆け出した。


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