その女、凶悪につき

「………だまされた……」

生活感溢れるリビングにどっかりと置かれているソファに腰掛けて、サイドテーブルに澄姫から渡された包みを放り投げる。
その中からばさりと散らばったのは、何枚かのポラロイド。

「ちょっとどころかめちゃくちゃ驚いたよ、澄姫ちゃん…」

お気に入りのソファでがっくりと項垂れた男は、サイドテーブルに散らばったポラロイドを一瞥して額を押さえた。

「垂涎モノの美女のセクシー写真だと思って見たら褌姿の爺さんの写真とか、ダメージ倍増…これが一番大事なものとか、澄姫ちゃんのセンスってちょっと、いやかなり、ううん相当おかしいんじゃないのかな…」

白い服の男、アスモデウスは深い溜息を吐いて背もたれに体を預けた。
色欲の中級悪魔である彼はまんまと澄姫の色香に惑わされたのだが、大き過ぎたダメージにこれ以上考えるのはよそうと床に落ちていたリモコンを手に取る。

「こんなだから上司にも間抜けとか言われんのかな…でもあんなイイ女に騙されない男とかいるの?大天使も堕天させられるだろ」

そうぼやきながら、ぱち、とチャンネルを変えれば、可愛らしい丸型のテレビに緩やかな癖っ毛を風に靡かせた一人の少女が映る。
彼女、平月妃は彼が目の前に現れたときとは違う強い瞳をきらりと煌かせ、さらりとした髪を持つ男と向き合っていた。

「あーあ、魂、喰い損ねちゃったよ」

恥ずかしそうに手を差し出した髪の綺麗な男と寄り添い、決意の色を見せる麗しい少女を見たアスモデウスは、ちぇ、と舌打ちすると不貞腐れるようにテレビから目を逸らし、柔らかなソファに沈んだ。

「どいつもこいつも…!!月妃ちゃんの想い人といいあの無愛想な男といい、上級の女にあそこまで好かれるとか何なの!!くっそ、リア充爆発しろ!!」

あー、彼女欲しいよー…そう呟いたっきり、彼の愚痴は寝息に変わった。





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やっと元通りになった忍術学園。
最後の難関だと思っていた美女と野獣カップルが学園を出て行ってから数刻後、しっかりちゃっかり手を繋ぎ仲良く寄り添って戻ってきた時、やきもきしながら寒空の元で待っていた友人たちは手を挙げて喜んだ。
目で見ることができない赤い糸とやらは、長次と澄姫を小指で繋ぐどころか全身を雁字搦めにしているらしい。
どんなことがあっても離れることがないこの2人は、きっとこの先どんな難関が待ち構えていたとしても共に乗り越えていくことができるだろう。

「どうやら元の鞘に収まったようだな」

「まったく、待ちくたびれたぞ」

「まあまあ、とにかくよかったよ」

「だな。これにてようやく一件落着だぜ」

「私腹減った!!飯食おう、飯!!」

いつだって自信満々な仙蔵がふんぞり返り、がしがしと頭を掻きながら文次郎が文句を垂れ、それを宥めた伊作が穏やかに微笑み、留三郎が腰に手を当てて快活に笑う。
いつだって自分のペースを崩さない小平太がそう言い出して食堂に向かう深緑たちが、それぞれ長次と澄姫の名を呼ぶ。
普段はついありがたみを忘れている日常の光景。
それがとてもかけがえのない、手放し難い幸せだと、心の底から思える。
差し出された大きな手を取った澄姫はとても綺麗に笑って、深緑の輪の中へ飛び込んだ。




その姿を目を細めて眺めていた長次に、ニマニマと笑った仙蔵が近寄る。

「……随分だらしない顔だな、長次」

普段の意地が悪い物言いの彼にほんの少しだけムッとしたものの、彼の真意を知ってしまった長次はなんと言えばいいものか迷い、少しだけ眉を下げた。
しかし仙蔵はカラカラと笑い、どすりと肘で彼の脇腹をどつく。

「何て顔をしている。せっかく取り戻したのだ、もっとだらしない顔をしていろ」

「………しかし…」

「気にするな。言ったろう?身を引いたと」

澄姫を見つめ、優しく目尻を下げた仙蔵はそう言うと、長次の背中をトントンと軽く叩いた。

「目で追っていた分、嫌と言うほど思い知っているさ…あの女がどれだけお前を慕っているか。それをわかっていて奪い取るほど、私は愚かではないぞ?」

「………仙蔵…」

清々しいほどに、それに私と澄姫がくっついたりしたら眩しすぎて周囲が迷惑だろう、と笑った仙蔵に、長次の口角が下がる。
無口で無表情、なんに対しても無感情で無関心を貫く彼が、唯一執着する女。

「…にしても、とんでもない魔性の女に引っかかってしまったな。心底同情するぞ」

風に靡く艶やかな髪、整いすぎた顔立ち、見事としか言いようのないプロポーション、容姿端麗で文武両道、非の打ち所どころか文句ひとつつけようがない澄姫にすっかり囚われてしまった長次は、仙蔵にそう言われてくっと喉の奥で笑った。

「………まったくだ…凶悪すぎて、困ってしまう…」

小さな呟きを聞いて、仙蔵はとうとう堪え切れず声を上げて笑った。




−最後の天女編 完−


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