その忍軍、駆けつける

和気藹々とした雰囲気が漂い始めた、元に戻りつつある学園…しかしその時、上級生が視線を鋭くしある一点を睨みつけた。

「…下級生、上級生の後ろに下がれ」

低い声で唸るように文次郎が言うと、不穏な空気を感じ取ったのかわっと駆け足で退避する下級生たち。
彼らを庇うようにタカ丸を除いた4年生が立ちはだかり、更に彼らを守るように5年生が壁になる。
ぺしゃ、と湿った地面を踏み鳴らし現れた人物に6年生が武器を構えれば、現れた人物は悲しそうに項垂れた。
それと同時に、澄姫の隣に人影が降り立つ。

「ごめん、澄姫ちゃん…」

ぼそりと耳打ちされた一言である程度察した彼女が無言で首を振れば、彼女の隣に現れた利吉はくしゃりと前髪を掻き上げてぎりりと奥歯を噛み締める。

「それだけじゃないんだ…どうやったかまではわからないけど、ここ、すっかり先生たちが取り囲んでる…」

一旦引いたほうが得策だ、と暗に告げる利吉だが、彼に首を振る澄姫は何か策でもあるのか赤い唇を吊り上げた。

「いいえ利吉さん、時間稼ぎありがとうございました。お陰で学園の生徒は全員正気に戻りましたので、もう大丈夫です」

その言葉を聞いた利吉の眉が訝しげに顰められる。
当初の計画では利吉が月妃を学園の外に連れ出し、先生たち含む学園全員を正気に戻す…という手筈だったのだが、月妃の抵抗があまりにも激しく、また何らかの手段で自身が惑わされてしまえば元も子もないという判断で拘束を諦めた。
月妃を追いかける道中不思議なからくりでなんらかの動作をしていた彼女を見ていただけあり、利吉はこの状況がかなり不利だと思ったのだが、どうやら澄姫はそうでもないらしい。
引くどころか武器を取り出した彼女を見て、こうなればとことん彼女の駒として動こうと決めた利吉も苦無を構える。
気配を完全に消しているが、ちらちらとあちこちに潜む黒装束に利吉が神経を集中させていると、鉄の棒から垂れ下がった分銅付きの鎖でばしりと地面を打った澄姫が悲壮な顔をして俯いている月妃に向かって高らかに叫んだ。

「喧嘩を売る相手を間違えたわね、私は奪われたからって尻尾を巻いて逃げるような女じゃない」

のろのろと顔を上げた月妃に、澄姫は獰猛に笑う。

「どんな理由があれ、私の領域を犯した罪は重い…だから罰として、貴女の画策は私が全部ぶっ潰してあげる。どんなことをしてでも!!」

そう告げて月妃に飛び掛った澄姫は鋭い平手打ちを彼女に見舞った。無抵抗のまま張り倒された月妃が地面に倒れたのが引き金になったのか、黒装束があちこちから飛び出してくる。
虚ろな瞳で襲い掛かってきた教師たちに驚いたたまごたちは反射的に武器を構えるが、それを振るおうとするとどうしても脳裏に厳しくも優しい先生たちの顔が浮かんでしまい手が止まる。
頭を抱えて逃げ出そうとしたとびきり臆病な1年ろ組に、陽気な笑顔が似合う日向先生が苦無を向けて襲い掛かった。一番彼らの近くにいた留三郎が何とか手を伸ばすも、実技担当の日向先生のスピードには追いつけず、目の前で平太の白い首に鋭い切っ先が迫る。

「平太ぁぁ!!!」

「わぁぁぁぁっ!!」

留三郎の悲鳴交じりの声で危険に気付いてしまった平太が足を縺れさせてしまい、状況はますます悪化。最悪だ、と顔面蒼白になった留三郎だが、迫っていた切っ先は何故か途中で軌道を逸れて湿った地面に突き刺さった。

「とびきり臆病な平太くんに危険を知らせてしまうのは良くないと思うな、食満留三郎くん」

血の気が失せた留三郎がのろのろと顔をあげると、視界に映った錆色の装束。と同時にあちらこちらから聞こえる金属音。

「タ…クソタレガキ忍軍…!!?」

「なんで今正解言いかけたのにわざわざ言い直したの?」

包帯の隙間から呆れた目を覗かせている大男、雑渡昆奈門は留三郎にそう言うとよいしょと平太を抱き起こし、怪我はないかいと優しく問いかけた。

「へ、平気ですぅ…」

「そうかい」

大きな体躯に怯えながらも助けてくれてありがとうと頭を下げた平太をにんまりと見つめた昆奈門は、日向先生の攻撃をあしらいながらぶんぶんと手を振る伏木蔵に手を振り返し、あちこちで戦っているタソガレドキ忍軍に指示を飛ばす。

「山本陣内、周囲に目を配れ。保健委員が悲しむから怪我をさせるな」

「御意に!!」

敵が味方で味方が敵の状況に戸惑いを隠せない留三郎を一瞥した昆奈門は包帯から覗く目をにんまりと三日月のように細めると、日向先生の相手を五条弾に任せて野村先生と交戦中の保健委員のところへと跳躍した。
突然の乱入者に混乱したが、彼の頭にひとつの考えがぽかりと浮かび、月妃と睨みあっている澄姫に恐る恐る問い掛ける。

「お、おい澄姫…まさか、お前…」

「さすがに先生全員を相手に大立ち回りは無理でしょう?」

「だからっておま、あんなに嫌がっていたあの曲者にとか…」

「使えるものはなんでも使うのが忍よ、留三郎」

「おいおい、あとで何要求されても俺は知らねーぞ!!」

「手付金は渡してあるし、後々成功報酬以外に変なもの要求されたらその分この女を八つ裂きに…いいえ、十六分割くらいにしてやるわ」

「そ、それってとんでもねー八つ当たりじゃ…」

「上等。私の八つ当たりを舐めないで頂戴」

視線は逸らさないまま言い切った澄姫から恨みの深さを読み取った留三郎は、げんなりと項垂れつつも最大限のフォローをすることを心に誓い、吉野先生に追いかけられている作兵衛を救出すべく得意武器の鉄双節昆を握り締めた。


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