その魔王、哂う
獣たちを連れてその場を去っていった八左ヱ門を見送り振り返ると、武器を構えた体勢のまま固まっている三郎がきょとんとした目で彼女を見ていた。
「……澄姫、先輩?」
「なにかしら」
「……4年い組の、平滝夜叉丸のお姉さん?」
「そうよ」
「な、なんで今まで忘れてたんだろう!!?」
「知らないわよ」
「な、なんでドクタケ忍者隊の装束なんか着てるんですか!?」
「転校したからよ」
「「へぁぁぁ!!?」」
何がきっかけになったのかはわからないが、とにかく正気に戻ったらしい三郎の質問に平然と答えた彼女に、雷蔵も最後の質問には驚いたようでくりくりおめめが零れんばかりに見開かれている。
警戒心の強い三郎は混乱しながらも未だに疑いの色を滲ませているので、澄姫は溜息混じりに呆れた視線を彼に向けた。
「名前も思い出してくれたのに、疑い深いのね…」
「…私自身が変装名人なので」
「あらそう。じゃあ好きなところを好きなだけ触って確認するといいわ」
さあどうぞ、といわんばかりに手を上げて無抵抗の意を示した澄姫に、違う意味で三郎が喉を鳴らす。
「い、い、い、いいんですか…!!」
完全に下心ありありの目つきと手つきに、彼女は心底嫌そうに顔を歪める。
恐る恐る手を(何故か顔ではなく胸に)伸ばした三郎が、彼女に触れる寸前で盛大に吹っ飛んだ。笑いを堪えて視線を動かせば真っ赤になった雷蔵が右腕を突き出しており、木に頭を打ち付けて悶絶している三郎を一瞥もせずにぺこぺこと頭を下げた。
「すいません澄姫先輩!!僕、全然お力になれなくて…!!」
「何を言っているの?十分役に立ってくれたじゃない」
「いいえ、そんなことないです!!勘ちゃんと兵助も止められなかったし、ハチだって…あの、他に僕にできることがあれば何でも仰ってください!!」
こちらが申し訳なくなってくるくらいぺこぺこと謝る雷蔵に気にしないで、と伝えようとした彼女だが、すんでのところでその言葉を飲み込み、じゃあひとつだけいいかしら、と微笑んだ。
「あのね、これ、私が作った気付け用のボーロなんだけれど、気を失ってる兵助と勘右衛門と三郎に食べさせてあげてくれるかしら?」
無邪気(を装った)な彼女のお願いに、雷蔵は一瞬頬を引き攣らせたものの頷き、差し出された箱からボーロを取り出すと持ち前の大雑把さを発揮して適当に三等分。それを大雑把に気絶している兵助と勘右衛門の口に大雑把に押し込んだ。
見る見るうちに魘され、顔色が青→白→緑→どぶ色に変わった5年い組の2人を見て、意識があった三郎は蒼白。
「さ、三郎も食べて」
「え!!いや、あの、私ほら、ちゃんと意識あるし…」
「澄姫先輩からのお願いだもん。ほら、食べて」
「ちょっ、待って雷蔵さん待って、それ絶対どくsdfyぐひじょkえrアッ−−−−!!」
天使のような笑顔で危険物を差し出された彼は必死に抵抗を試みるも意外な豪腕で口の中に押し込まれ、口どころか鼻から胃までに広がった摩訶不思議で不毛な味と香りにぐりんと白目を剥き、その場に倒れた。
その様子を見てけらけらと笑っていた澄姫だったが、ふと殺気を感じてその場から飛び退く。
ガン、と地面を打ちつけた金属音に周囲を見れば、茂みから飛び出してきた槍の矛先。頭巾を掠めた見覚えのあるそれに、彼女は笑いを引っ込めた。
「見つけたぞ侵入者!!」
「観念しやがれ!!」
怒り心頭の様子で怒鳴りながら飛び出してきた深緑に、澄姫は眉間に皺を寄せる。
「ちょっと、仙蔵、伊作、話が違うじゃない」
静かな声で背後に吐き捨てれば、木陰からひょっこり顔を出した申し訳なさそうな善法寺伊作とニヤニヤ笑っている立花仙蔵。
「ごめん澄姫、文次郎と留三郎、めちゃくちゃ胃が丈夫みたいで…」
「胃が丈夫って…アレを食べたのにこんなに早く動けるようになったの!?」
「普段漆喰やら鉄粉おにぎりなんぞ食っているからな、鍛えられてるんじゃないか?」
「「食ってねーよ!!」」
仙蔵の言葉に丁寧に突っ込みを入れる犬猿に呆れ顔の澄姫。若干面倒になってしまったと策を練っている彼女の耳に、一番聞きたくなかった声が飛び込んだ。
「どんどーん!!」
厄介な場面に学園一厄介な暴君降臨。げ、と思わず漏らした澄姫に、暴君こと七松小平太は彼女にぺこりと頭を下げた。
「ボーロ美味しかったです!!ごちそうさまでした!!」
そういって戦闘態勢に移行した小平太に別の意味で頭痛がしてきた澄姫は、武器を構える小平太、文次郎、留三郎、そして木の陰から様子を窺い警戒している滝夜叉丸と喜八郎も見つけ、ここまでか、と内心落胆した。
できれば、戦いたくはなかった。
しかしこうなってしまえば騙し討ちでボーロを食べさせることも難しいだろうし、一度食べている同級生三人にはショックも与えなれないかもしれない(特に小平太には)。
こうなったら諦めて、何とかして彼らを倒すしかないと決心した澄姫がじゃらりと得意武器を構えたその時だった。
おどおどしていた伊作の隣で飄々とした顔で立っていた仙蔵が、ニタリととんでもなく恐ろしい笑みを浮かべたのは。
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