その女、戦闘態勢

運動場に寝転がっている青と萌黄に、澄姫は腕を組んで満足そうに首に巻きついた赤い蛇を撫でた。

「本当に楽勝だったわね」

「せんぱぁい、あっちの赤いリボンの箱に入ってるボーロって、そんなにまずいんですかぁ?」

もぐもぐと普通のボーロを食べる手を休めずに問い掛けてきたしんべヱを見て、彼女はすいと視線を逸らす。

「…まずい…のかしらね?味見も出来ないし、アレとかアレとか入ってるからどんな味なのか想像も出来ないけれど」

何ともいえない微妙な表情でもごもごと呟いた彼女は、寝転がっている…いや、正しくは倒れている下級生たちを気まずそうに見た。
倒れた1年生たちを伊作が医務室に運び込んだ後、しんべヱに試食をさせながら同じように呼びかけると、集まってきた2年生はやはり彼が食べている姿を見て素直にボーロを口にした。
彼らが悲鳴を上げて気を失った後に集まった3年生たちは少し警戒心を見せたものの、ヘムヘム経由で作戦を聞いていた神崎左門の演技(?)ですっかり安心しボーロを食べた。
生物委員会の後輩でもある孫兵がジュンコにまで食べさせようとした時はさすがに肝を冷やしたが、どうやら彼女(?)は正気だったようで、その美しいからだでべちりと孫兵の頬を引っ叩いてするすると藪に逃げていった。
生物委員会委員長として探しに行こうかと思ったが、どうやら一時的に身を潜めていただけらしく、飼い主が気絶するや否やジュンコはするりと藪から這い出し、仕方がない子達よね、と言いたそうな視線をして澄姫の首にゆるりと巻きついたのだ。
そんなことをぼんやりと考えていた彼女だが、ふと耳についたがさがさという音にはっとする。
驚いて振り返れば、そこには赤いリボンを解いて中のボーロを取り出したしんべヱの姿。

「だっ…!!」

ダメ、と最後まで言う暇もなく、しんべヱは大きな口に気付け薬入りボーロをなんと驚きまるまる一個放り込む。
あーあ、と額を押さえた彼女の目の前で、おいしそうに咀嚼していたしんべヱの表情がぎくりと引き攣り、見る見るうちにその顔色は青白く変わっていった。
ドッスン、と重量級の音を響かせてその場にうつ伏せで倒れてしまった彼を見て、澄姫は大きな溜息を吐く。

「…もう、なんでわざわざ美味しくないってわかっているものを進んで食べるのよ…1年は組って本当、変わった子ばっかりなんだから…!!」

ブツブツ悪態をつきながらも、彼女は気を失ったしんべヱの重たい体を何とか引き摺り近くにあった木陰に移動させると、唖然としている左門に彼らの介抱を頼んで、これから始まる戦いに備えて深呼吸をし、気を引き締めた。

残るは上級生と教師。騙しあいは分が悪いと考えた澄姫は纏っていた小袖をばさりと脱ぎ去り、渋柿色の頭巾を首の後ろできゅっと結ぶと、真っ赤なサングラスで涼しげな瞳を隠す。
すっかりドクタケ忍者の格好になった彼女をぽかんと見ていた左門だが、もう一度彼らを頼むわねと言われてはっと表情を引き締めた。

「任せてください!!澄姫先輩も、どうかお気をつけて!!」

「……神崎左門。私はこっちよ」

「あれ?」

折角の応援をあらぬ方向にぶちかました方向音痴の後輩を見て、相変わらずなんだから、と嬉しそうに呟いた澄姫は大分少なくなったボーロの箱を抱えて、大きく跳躍した。


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