その後輩、喜ぶ

「わぉ…すりるぅ〜…」

ヘムヘムに呼ばれて澄姫が学園に侵入していることを知った伏木蔵は、自身が所属する保健委員会の委員長と手を繋いで運動場に駆けつけた。
そこで倒れている友人たちを見て、彼の口から零れたのが冒頭の言葉である。

「無事でよかった澄姫…でも君、彼らに一体何を…」

青も白も通り越して緑色の顔で泡を吹きながら気絶している1年生の軍団を見て、保健委員会委員長は再会の言葉もそこそこに彼らを抱き起こした。命に別状はなさそうだが、何か変なものを口にしたという事は明白。
口角を引き攣らせて見上げてくる伊作に、澄姫は極上の笑みを返した。

「私の特製ボーロ食べただけよ。毒は盛ってないわ」

しれっと答えた彼女に、伊作はそれ以上何も言えなくなって口を噤む。毒“は”ということは毒以外のものなら盛っているという事になるのだが、それは何だと聞く勇気を、伊作は持ち合わせていない。
黙りこくってしまった彼の癖毛をぽんぽんと撫でた澄姫は心配そうな瞳にゆるりと微笑み、真っ赤な紅を引いた唇を薄く開いた。

「さ、まだ私たちはやることがあるの。さっさとその子達を医務室に運んで頂戴」

それだけ言うと、澄姫はしんべヱの頭を撫でる。それを見た伊作は目を見開いて、彼が口に運ぼうとしていたものを慌てて取り上げた。

「しんべヱ!!それを食べちゃだめだ!!」

「ああ〜ん!!ぼくのボーロー!!」

返して返してと必死に手を伸ばすしんべヱに、たじろぎながらも渡すもんかと高く手を上げる伊作。しかし白い手がそれをひょいと取り上げて、鈴を転がすような笑い声が落ちた。

「大丈夫よ伊作。これは何も入っていない普通のボーロだから」

そう言って笑った澄姫は、級友をつんつんとつついていた伏木蔵を手招きして呼び、彼の口にそれを放り込んだ。
顔面蒼白になった伊作にころころと笑った彼女は咀嚼している伏木蔵に小首を傾げてお味はどう?と問い掛ける。

「むぐむぐ…とってもおいしいですぅ」

「うふふ、当然よ。この私が作ったものなんだから」

ほっぺを押さえておいしいと笑う伏木蔵を見て伊作は胸を撫で下ろし、そしてなるほどね、と力なく頷いた。

「あら、意外と察しがいいのね」

「これでも6年生だからね…なるほど、万が一のための自分専用ボーロか…さすが澄姫」

へろりと気の抜ける笑顔を浮かべた伊作に、彼女は当然とばかりに笑う。

「まがりなりにも私の後輩たちだもの。いくら学園長の許可を貰っても、お手伝いにヘムヘムがいたとしても、見ず知らずの行商が差し出すものなんて簡単に口にしないわ。だから目の前で私が食べて見せて、彼らに出すのは気付け薬入り…のはずだったんだけれど、しんべヱが正気でいてくれて助かったわ。彼の食に対する信用は想像以上。美味しいとこれを一口食べるだけで、1年生は何の疑いも持たずにぱくぱく食べてくれたもの」

「ははは…ぱくぱく、食べちゃったんだ…」

この分だと下級生は楽勝ね、と口の横に手を当てて笑った澄姫は、どんどんいくわよ、と緑色のリボンが掛かった箱を掲げた。
その小さな背中を見つめながら、伊作は気絶している井桁たちを両脇に抱えて医務室に行くため立ち上がり、伏木蔵を呼んだ。
ぼんやりと彼女を見つめていた伏木蔵はその声に振り返り、とことこと駆け寄って、珍しく嬉しそうに笑う。

「どうしたの?あのボーロ、そんなに美味しかったのかい?」

「…ふふ…それもあるんですけど、やっぱり澄姫先輩は…ううん、忍術学園はこうじゃないとなぁって思いましたぁ…」

くふふ、と指先を唇に押し当てて控えめに笑う後輩の姿に、数回瞬きを繰り返した伊作は同じようにくしゃりと笑って、そうだね、と頷いた。


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