その女、明かす
忍術学園6年は組の教室から、ひとつの影が躍り出る。
それは軽やかに窓枠を蹴り、あっという間に学び舎の屋根まで飛び上がった。
そよぐ風に緩やかにうねる髪を靡かせて、頬を擽るそれを耳にかける美少女。
「…まるで夢のようだわ」
儚げに微笑んだ彼女は連なる瓦に腰を下ろし、膝に顔を埋めた。
なだらかな肩が小刻みに震える。
「大丈夫、大丈夫。私は生きてる、生きてる…」
言い聞かせるように呟かれた言葉は、誰の耳に届くこともなく風に浚われていく。
「くのたまだってあの女だって追い出したし、補正って言ったってそこまでじゃない。私は違う、私だけは違うもの…」
そう言って、彼女は懐から四角い白い板を取り出した。細い指先で数回その板を叩けば、軽やかな電子音が耳を擽る。
この時代には存在するはずがないそれを暫く眺めた彼女は、ふと気配を感じてそれを懐にしまって顔を上げた。
「こんにちは、利吉さん」
柔らかな笑顔で目の前に現れた人物の名を呼べば、きりりとした瞳を優しく細めた青年もぺこりと頭を下げる。
「こんにちは、月妃ちゃん。こんなところでどうしたんだい?」
「ふふ、ちょっと風に当たりたくて。利吉さんは息抜きですか?それともお仕事かしら?」
「仕事の帰りさ。近くまで来たから父上の顔でも見て行こうかと思ったんだけど、その前に君を見かけてね」
「まあ嬉しい、先に私に会いに来てくださったの?」
穏やかな声で、穏やかな笑顔で、微笑みあう二人。しかしその瞳には警戒が滲んでおり、静かな腹の探りあいをしているようだった。
しかし暫くの沈黙のあと、月妃が短く溜息を吐き、風に舞う髪を押さえながら小さな声でもうやめましょう、と呟いた。
「…山田利吉さん。警戒するお気持ちはわかりますが、私は学園に害をなすつもりはありません。だからお願い、邪魔をしないで」
穏やかな笑顔を消し去った月妃は、無感情のまま静かに告げた。途端利吉の眦が吊り上る。
「害をなすつもりはない!?父上や生徒たちをおかしくしておいて害をなしていないとでも言うつもりか!?」
「おかしくなんてしていないわ。ただ、今は彼らの記憶を書き換えている最中だからどうしても反応が鈍くなってしまっているだけなの」
「記憶の書き換え!?馬鹿馬鹿しい、そんな戯言を信じろと言うのか!?答えろ!!お前は誰だ、何の目的があって忍術学園に入り込んだ!!」
月妃の言葉が理解できず怒鳴る利吉に、彼女は冷めた瞳を向けると深い息を吐いた。
「…わかりました、全てお話しいたします」
そう言うなり懐からガチャガチャと色んなものを取り出し始めた月妃に警戒していた利吉は、徐々にその瞳を見開き始める。
見たこともない形や作り、大きさなどに声が出なくなってしまった彼は、視線だけでなんだこれはと彼女に問い掛けた。
しかしそれに返答はなく、月妃はそれらひとつひとつを手にとって、ぽつりぽつりと語り始める。
それは、彼女の人生譚だった。
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