その女、画策する

数刻後、八方斎に呼ばれた澄姫と彼女にくっついてきたドクたまの4人は、真剣な顔をした利吉から忍術学園が置かれている現状を聞かされて、ごくりと喉を鳴らした。
特に忍たまたちとこっそり仲良くしているドクたまにはショックが大きかったようで、その中でも気弱なふぶ鬼は震える手を胸の前で握り締めた。
そんな彼の背中をさすって大丈夫だよと声を掛けたのはドクたまのリーダー、しぶ鬼。
友人に励まされ何とか動揺を落ち着けたふぶ鬼は、小さくひとつ頷くとその眼差しを八方斎に向ける。

「…まあ、驚くのも無理はない。特にお前たちにはまだ早すぎるくらいの内容だと思うが、ドクタケ忍者隊も全力でサポートに当たる。やれるか?」

真摯な眼差しを正面から受けた八方斎もまた重苦しい空気を纏いながら呟いた。いつも鋭いその瞳には、心配の色が見え隠れしている。
無言のままそのやりとりを眺めていた澄姫は、いつもおかしな作戦ばかり立てて悪いことばかりしているのにここではちゃんとした教育者なのね、と心の中で呟きそっと微笑んだ。

頑張りますと手を上げた4人に、八方斎は大きく頷くとパンと手を打ち鳴らす。

「よーし、ならばさっそく作戦開始だ!!用意を済ませて出発だ!!あ、干し柿はおやつに含まれるからなー」

「「「「はーい!!」」」」

緊張を解きほぐそうと気を使った彼の声に、ドクたまたちは顔を見合わせるとくしゃりと笑い、大袈裟にはしゃぎながら出掛ける準備をするため自室に駆けていった。
子供たちがいなくなり若干静かになった部屋に残っているのは八方斎と利吉と澄姫、そして数人のドクタケ忍者。
途端にピンと張り詰めた空気に、誰かが居た堪れなくなって身じろぎする。その衣擦れの音すら大きく響き、澄姫はふうと肩から力を抜いた。

「…それで、子供には聞かせられないお話はなんでしょう?」

声を抑えたつもりだったのに存外大きく響いた彼女の声に、八方斎はびくりと肩を竦ませ、利吉は困ったように眉を下げる。

「…なんじゃ、気付いておったんか」

「当然です。…私、もうそんなに子供じゃないですから」

八方斎の言葉に高飛車に笑った澄姫はするりと白い手で自身の曲線美をなぞる。途端溢れた色気にドクタケ忍者の数人が慌てて鼻を押さえたが、そんなことは気にもせず、彼女は話の続きを無言で促した。

「…お前の代わりに学園に現れた『平月妃』という女だがな、どれだけ洗ってもその正体はおろか今までどこで何をしていた女なのかもわからんかった。わかったことはただひとつ、あの女の所為で忍術学園はいつか危険に晒される、それだけだ。
先も話した通り、今の忍術学園は生徒はおろか教師も自我があるかどうかわからん、防衛ラインは機能しておらんだろう。
だがまだ手遅れではない。正気だったお前の友人は自作の気付け薬で自我を保っておった」

自作の気付け薬、と聞いて澄姫の脳裏に穏やかな笑顔が浮かぶ。きっと彼は不運の中の幸運でいち早く何かを察知して手を打ったのだろう。
薬の類には敏感な彼のことだ、あの甘い香りについても何か調べているかもしれない。
そこまで考えた澄姫は、閃いたひとつの可能性にがばりと顔をあげ利吉を見据える。彼もまた、同じような瞳で彼女を見つめ返してきた。

「学園がおかしくなった原因は、やはりあの匂いなのですね?」

「断言は、できんがな」

「でも可能性としてはそれが一番高いんだ。だから何とかして学園から生徒たちを連れ出すことが出来れば、一時的にでも正気に戻せるかもしれない」

一筋の希望を掴んだ利吉はその喜びを押し隠し、問題はどうやって連れ出すかだけど、と頭を悩ませ、そこでやっと、きょとんとした表情で首を傾げる彼女に気が付いた。

「…澄姫ちゃん、なにか不審な点でも?」

もしかして何か見落としでもあっただろうかといぶかしんだ利吉がそう問い掛けると、彼女は数回瞬きをしたあと、美しい顔を眩しい笑顔で彩った。

「いやだ、利吉さんったら。学園には大勢の生徒がいるんですよ?それをたった十人程度で連れ出すなんて、いくらなんでも無理があるわ。
しかも学園の警戒線を超えて、未知数の女を相手にしながらだなんて、時間も手間も危険も掛かりすぎます」

そう言われて、利吉は口を噤んだ。確かに数人程度なら問題ないかもしれない。しかし澄姫の言う通り、いくら利吉が優秀なプロの忍者でも教師相手に何度も抵抗されれば無事ではすまない。
だが他に手がない以上、どれだけ危険が伴うとしてもやらねばならない。そう告げようとした利吉の唇に、ふいに白魚のような細い指が触れた。

「うふふ、利吉さんは難しく考えすぎなんですよ」

「、澄姫ちゃ…」

「連れ出すことが難しいなら、こちからか飛び込めばいいだけのこと。話を聞く限り伊作の気付け薬で自我が保てるなら、同じようなものを食べさせて強制的に目を醒まさせてやればいいんです」

「…そんな簡単にいくか?相手は6年生も教師もおるのだろう?」

美しい髪を靡かせて利吉に顔を寄せる澄姫を黙って眺めていた八方斎が小さく苦言を呈すが、くすくすと妖艶に笑ったまま、彼女はゆっくりと彼を振り返った。
その顔に浮かぶのは、自信満々な笑顔。

「あら、お忘れですか?私だってプロの実力に近いといわれる優秀な6年生ですのよ?」

あんな女1人に丸め込まれたヘナチョコ忍術学園なんて、全員手玉にとってやりますわ。そう言い放った澄姫は手の甲を艶やかな唇に当てて高らかに笑う。
その涼しげな瞳に怒りの炎を見た八方斎は青褪め、保護した時とは全然違う彼女の様子に戦慄した。


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