その朝、ウソだらけ

翌朝、眩しい日差しと小鳥の鳴き声で目を覚ました小平太はうんと伸びをして衝立の向こうに元気よくおはようと声を掛けた。
しかし返ってこない返事に首を傾げ、ふんと勢いをつけて起き上がり、衝立を覗き込んであれ?とますます首を傾げる。

「…ちょーじがいない…」

人の気配に敏い方なのに、その自分を起こさずに部屋を出て行ったらしい同室の男にぼっさぼさに寝癖のついた髪をわしりと撫で付けた小平太はくあ、と大きなあくびを漏らすと寝巻きを脱ぎ捨て深緑の装束に着替え、手拭いを持ってがらりと部屋の扉を開け放った。

「おお、今日はいい天気だ!!」

「「うるせぇ!!」」

朝っぱらから声の音量を控えもしない小平太に、両隣から苛立ち紛れの怒声が飛ぶ。それにも元気よくおはようと声を掛けた小平太は、のそりと左隣から出てきた仙蔵を見るなり聞いてくれと彼の肩に腕を回した。

「朝っぱらから元気だな馬鹿犬…飼い主はどこ行った」

「長次は起きたらもういなかった!!それより聞いてくれってば仙蔵!!」

「耳元で騒ぐな…!!」

「長次が病気だ!!」

寝起きで不機嫌そうな仙蔵に臆さずへばりついた小平太は彼の辛辣な言葉も特に意に介さず、あっけらかんと笑った。
突然の言葉にまだ覚醒しきっていない仙蔵は固まり、病気と聞いて部屋から転がり出てきた伊作はなんだってー!!と叫びながらそのまま廊下から落ちていった。

「しかもなんと、恋患いだ!!」

転がり落ちた伊作を一瞥した癖に構わず話を続けだした小平太に、仙蔵は眉間を押さえて唸る。

「アホか…長次が恋患いなのはもう学園の誰もが知っておるだろう」

三禁がどうたらと喚きながら部屋から飛び出した文次郎をぼかりとぶん殴った仙蔵は、呆れた顔で小平太に吐き捨てた。しかしそれに眉を顰めた小平太は、こてりと首を傾げる。

「…そう、だったか?」

「当たり前だ。あそこのバカップルはところ構わずイチャつきおって皆辟易しておっただろう?」

「バカップル?」

「小平太、お前寝惚けているのか?バカップルと言ったら長次と−−−…」

そこまで喋り、突然仙蔵が言葉を切った。ゆっくりと視線を彷徨わせる姿に、小平太が訝しげな視線を投げる。

「…おい、どうした?」

明らかに戸惑っている仙蔵に、文次郎も体を起こして眉間に皺を寄せる。ぶっきらぼうに掛けられた声に仙蔵の肩が跳ねた。

「…い…いや、すまん。寝ぼけているのは私だったようだ」

珍しく動揺の色を浮かべる瞳にその場の誰もが二の句を継げずにいると、一番最後に部屋から出てきた留三郎が大あくびをしながら呑気におーっす、と片手をあげ、そのままくるりと背後を振り返った。

「月妃、おーっす」

「おはよう留三郎。皆も、そんなところで固まってどうかしたの?」

一番端の部屋から出てきた深緑に、仙蔵の目が見開かれる。

「なんでもねえ」

「おはよう月妃!!長次知らんか?」

ぶっきらぼうに呟いた文次郎は踵を返し井戸に向かい、小平太は片手をあげて挨拶したあと同室の男の行方を彼女に問い掛けた。

「長次?長次ならまだ私の部屋で寝ているけど?」

しかしレスポンスよく返された言葉に小平太はそのまま固まり、留三郎は持っていた手拭いをひらりと落とす。文次郎は盛大にすっ転び、大きな声で三禁と喚いた。

「お、お前らそういう関係だったのか!!?」

「やだ留三郎、今更何言っているのよ?私と長次は六年生に上がる頃に恋仲になったじゃない」

「そ、そうだっけ!?」

「小平太まで。もう、皆まだ寝惚けてるの?」

ころころと笑いながら髪を耳にかけた月妃はすっとその瞳を細め、仙蔵に微笑みかけた。その視線に薄ら寒いものを感じたが、仙蔵は鳥肌がたってしまった腕をぎゅっと押さえつけ、いつもの笑顔でああ、と頷いた。

「どうも今日は寝覚めが悪いらしい。さっさと顔を洗って目を覚ますとしよう」

そう言って持っていた手拭いを文次郎の首に引っ掛けた仙蔵は苦しがる彼をずるずると引き摺り井戸に向かって歩き出した。
月妃に促されて井戸に向かう留三郎と小平太が廊下の曲がり角に消えていったのを見送って、ひょこりと地面から体を起こした伊作は感情の見えない瞳で自室に戻り、何かを口に含むともう一度廊下に出て、晴れ渡った空を見上げた。

「……僕もいつまでもつかな…」

コクリと小さく喉を鳴らして口に含んだそれを飲み込んだ伊作は悲しそうに呟いたが、ふと視界を横切った何かに眉を跳ね上げ、勢いよく走り出した。


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