そのおっさん、ツンデレる

ドクタケ城に到着した利吉は箒を振り回して何かを怒鳴っている山ぶ鬼を一瞥して首を傾げながらも、ドクタケ忍者隊首領の稗田八方斎の元を訪れた。
渋柿色の装束に訝しげな視線を向けられながらも八方斎に謁見した利吉は今しがた忍術学園で聞き、見てきた状況をそのまま彼に伝え、澄姫にも告げようと踵を返したところで、低い声に呼び止められてしまう。

「待て、山田利吉。その話、まだあの少女に伝えるな」

掛けられたその言葉に、利吉は思わず眉を寄せた。

「何を言っているんだ。これは本当は彼女に一番に伝えなければいけないことだぞ?」

苛立ちを込めてそう言ってやれば、八方斎はやれやれとでも言いたそうに肩を竦め、半目で利吉を睨む。

「はぁー…そんなんだからお前は十八にもなって嫁さんの一人もできんのだ」

「はぁ!!?」

「あのなあ、あの子は大好きな学園からわけもわからんうちに突然追い出されて、好いた男にフられて、今とっても傷付いてるの。そんな状態の女の子に『忍術学園に侵入者が紛れ込んで大変な状況になってますよー』なんて伝えてみろ、何しでかすかわかったもんじゃないぞ?」

最悪ショックで自決しちゃったりするかもねー、なんて白々しく腕を組みながらぼそりと呟いた八方斎に、利吉はうぐ、と声を詰まらせる。
確かに八方斎の言う通り、精神の均衡すら危うい状態の澄姫に学園に危機が迫っていることを伝えても何の意味も無いし、何も出来ない。それどころか自棄を起こしてしまう可能性だって少なくはない。
最悪な結末を想像してしまった利吉はごくりと喉を鳴らして、悔しそうに俯いた。彼もまた父の異変を目の当たりにして少々混乱していたのだろう。
そんな彼に、八方斎はふむ、とひとつ頷き、大きな顎をひと撫でした。

「もう少し調査が必要だな…山田利吉だけでは手も足りんようだし、仕方ないな、これは仕方ない。うちの優秀な忍者隊に調べさせるか。うんうん」

まるで大きな独り言のようにそう言った八方斎は、ぐるんと勢いよく利吉に向かって振り向き指を差し、恥ずかしそうに叫んだ。

「勘違いするなよ!!忍術学園に恩を売っておいたほうが後々何かと都合が良いからするだけで、べ、別にお前らのためなんかじゃないんだからな!!」

ふん、と耳まで赤くなった八方斎はフンと鼻を鳴らしてすぐさまそっぽを向いた。顔の赤い彼とは逆に、利吉はさぁ、と青褪め俯き、口元を押さえてせり上がってくる何かをぐっと堪えて一言『おっさんのツンデレとか…』と漏らす。
割と失礼な利吉の態度にムッと眉間に皺を寄せながらも、八方斎は早速控えていた雲鬼に何かを耳打ちすると、気を取り直すように咳払いをして低く呟いた。

「あー…あの子には、落ち着いた頃を見計らって私から話をしておこう。山ぶ鬼に頼んであるから数日のうちには話せると思うが、山田利吉、お前はどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも、学園に事情を探りに行こうにも異常に頭が痛くなって情報収集もままならないからな…」

「そうか、ならばお前はその『平月妃』とかいう女の正体のほうを探れ。学園の内部情報は我がドクタケ忍者隊に安心して任せるといい。ガッハッハ!!」

それだけ指示を出すと笑い出した八方斎は、頭の重さに耐え切れずひっくり返ってしまった。しかし忍者隊は出払っていて、誰も起こしてはくれない。縋るような視線を向けてきた彼に嘲笑をひとつ送った利吉は、じゃ、と軽快に手を上げて彼に背を向けた。

「ちょ、ちょっと待って起こしてって!!利吉くん、利吉くーん!!」

猫撫で声に利吉が振り向くことはなく、虚しく雨上がりの空に消えていった。


[ 184/253 ]

[*prev] [next#]