相談
月が沈んで星影もない夜。
忍者のゴールデンタイムとも言われる亥の刻。
忍術学園の6年長屋の一室に、蠢く人影。
「では、成果の程を聞かせてもらおうか」
部屋の主、立花仙蔵が腕を組んで優雅に問いかけた。
その先に居るのはにやにやと楽しげな笑いを浮かべた平澄姫。
その二人を中心に、潮江文次郎、七松小平太、食満留三郎、善法寺伊作が(約1名を除いて)神妙な顔で並び、その後ろに久々知兵助、尾浜勘右衛門、竹谷八左ヱ門、不破雷蔵が並ぶ。
隅々には斉藤タカ丸、綾部喜八郎、田村三木ヱ門が小さくなって座っていた。
「見ての通り、もう面白いくらい順調よ」
「だろうな」
綺麗どころが2人して厭らしい笑みでニタニタと話す。
「これで残すところはあと3人だな!!」
夜も遅いというのに、大きな声で小平太がそういうと、所狭しと座っている中で数人が気まずそうに身じろいだ。
そう、この会議とも呼べる集会は、ここ数日の澄姫の頑張りによるものだった。
天女に夢中になっていた者が澄姫の策略に嵌り、正気に戻った。
ある者は純粋に物に釣られ、ある者は色仕掛け。
約1名精神的に痛手を食った者も居るが、まぁ自業自得である。
各々手酷い目に遭わされて逃げた後、同級生や先輩に懇々と説教という名の説明を受け、今まで自分がどんな状態だったのかを知った。
未熟な自分を恥じ、より一層くノ一の恐ろしさを味わった彼らは、その説教を甘んじて受け止めた。
「4年の平滝夜叉丸、5年の鉢屋三郎、そして6年の中在家長次か…」
仙蔵が顎に手を当て、ふむ、と呟き澄姫を見た。
「そうね。滝は私の愚弟だからどうとでもなるわ。鉢屋は…雷蔵に手伝ってもらおうかしら?」
「え?僕ですか?」
「ええ、鉢屋は雷蔵が大好きでしょう?」
「ま、まぁ…語弊がありそうな言い方ですが、確かに仲はいいですね」
そこで…と仙蔵、澄姫、雷蔵が輪になりこそこそと作戦を練っている中、早くも飽きた小平太が近くに座っていた勘右衛門に話しかけた。
「なあなあ、尾浜は澄姫にどんなことされたんだ?」
その一言で、問われた勘右衛門ではなく、その隣の兵助の顔が恐ろしく真っ赤に染まった。
「俺は澄姫先輩に卯月堂の限定白餡葛餅貰いました」
「えっ!?」
「えっ?兵助は違うの?」
てっきり皆物で釣られたんだと思ってた、と笑う勘右衛門にそう聞かれ、兵助は真っ赤な顔でこそこそと、恥ずかしそうに自分のされたことを話した。
「お、俺、澄姫先輩に手作りの豆腐貰って、でも零しちゃって、せ…先輩の胸に…」
「「え!!?それでそれで!!?」」
「も、勿体無いから…な、舐、めて、って…」
「「えーーー!!!いいな!!!」」
仲良く羨ましがる小平太と勘右衛門にもっと詳しく!!と詰め寄られる茹蛸のような兵助を、八左ヱ門は哀れみを込めた瞳で見た。
その後ろでは、三木ヱ門とタカ丸が同じような話をしていた。
「僕はね、滝くんのお姉ちゃんに髪の毛結わせて貰えたんだよ」
「へえ、よかったですね。タカ丸さんいつも触りたがってたから嬉しかったんじゃないですか?…って、喜八郎…お前…」
にこにこと嬉しそうに話すタカ丸と、友人が戻ってきて上機嫌な三木ヱ門に挟まれて、いつもどんなときも無表情な喜八郎が、兵助と同じように顔を真っ赤にさせていた。
「大丈夫?喜八郎くん」
「お前顔真っ赤だぞ…一体何を…」
心配そうに顔を覗き込まれ、喜八郎はいつもとはまったく違う様子で膝に顔を埋めてしまった。そして消え入りそうな小さな声で、同級生に説明した。
「僕、蛸壺掘ってたら、滝のお姉ちゃんに、む、胸押し付けられて…」
立花先輩が来てくれなかったら、もう少しで袴脱がされるところだった…そう告げられ、三木ヱ門は顔を真っ赤にし、タカ丸は兵助のときと同じような苦笑いを零し、いたいけな同級生を見た。
そして、聞いていたのか小平太と勘右衛門が先程と同じように
「「えーーー!!!いいな!!!」」
と、声を上げるのだった。
「…伊作と留三郎はいいな、直接的な被害がなくて。」
賑やかしくなってきた部屋の片隅で、そう寂しげに文次郎が呟く。
いつもなら喧嘩を吹っかける留三郎も、今回ばかりは気まずそうに文次郎を見るだけだった。
「文次郎、元気だしなよ。仙蔵と澄姫に嵌められるなんてもう慣れてるだろ?昔からずっとあの2人に遊ばれてるんだから…」
励ましているのか貶しているのかよくわからないことを言いながら、伊作が文次郎の肩を叩く。
「確かに、遊ばれるのはな…だが今回のあの件は、幾らなんでもえげつない…お陰で俺は後輩に澄姫を手篭めにしたと後ろ指を差されているんだぞ…」
すっかり隈も戻った(というかより濃くなった)顔で、文次郎は遠い目をして壁にもたれかかった。
「それは仙蔵と澄姫と同学年だったことが…もう、不運だよね…僕が言うのもなんだけど…」
「ああ、あの2人が組んだ時点で悪夢だ。同学年相手に手加減なんてしない事が明白だからな…」
同情を十分に含んだ瞳で、2人は文次郎の肩を叩くしかできなかった。
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