その女、転校する

覚束ない足取りで山道を抜けた澄姫はぼうっとしたままドクタケ領に足を踏み入れ、促されるままドクタケ城の傍に建っているドクタケ忍術教室へやってきた。
今日の授業はもう終わっているのか、雨のため室内で遊んでいたドクたまのしぶ鬼、いぶ鬼、ふぶ鬼、山ぶ鬼は現れた八方斎に元気よく挨拶した直後、赤いサングラスの奥のつぶらな目を見開いた。

「わ…」

「すっごい綺麗なおねえさん…」

さすが男の子、とでも言おうか。澄姫を見たしぶ鬼は息を呑み、いぶ鬼はうわごとのように呟き、ふぶ鬼に至っては言葉も出ない様子。
3人揃ってぽわーっと彼女に見蕩れるが、その隣、山ぶ鬼だけは雨でびしょびしょになっている彼女に大慌てで手拭を差し出した。

「びっしょびしょ!!風邪引いちゃうから、早く着替えたほうがいいわ!!」

そう言っててきぱきと身の回りの世話をしていく山ぶ鬼を見て、八方斎はごほんと咳払いをした。

「あー、今日からドクタケ忍術教室の六年生になった、平澄姫だ。忍術学園から転校して来てわからないことばかりだから、色々教えてあげるように。山ぶ鬼、かなり冷えてしまっているから風呂に連れて行ってあげなさい」

「はぁーい」

八方斎の言葉に元気よく手を上げた山ぶ鬼が澄姫の手を引いて風呂場に連れて行こうとしたその時、彼女の傍に控えていた山犬二匹が低い唸り声を上げ始めた。明らかに威嚇の低い声に小さな悲鳴を漏らして後ずさった山ぶ鬼だが、彼女の前に立ちはだかったのは深赤。

「栗、桃、いい子にしていて。私は、平気だから…」

歯を剥いて唸る獣になんの躊躇いも無く手を伸ばし、その頭を撫でてやると、ぴぃ、と鼻を鳴らした栗と桃は尻尾を下げて教室の隅に丸くなった。
それを見届け、まだ少し怯えている山ぶ鬼を振り返った澄姫はこてりと首を傾げる。

「山ぶ鬼ちゃん、だったかしら?ごめんなさいね、怖がらせて…」

「う、ううん、大丈夫…」

まるで作り物のような美貌を全く動かさず、無表情のまま謝罪を述べた澄姫にほんの少しの違和感を感じた山ぶ鬼だが、再度その手を取って風呂場へ案内しようと手を伸ばした。
しかし、彼女に触れようとした寸前、丸まっていた桃が首を擡げて鼻に皺を寄せたのを見て、慌てて手を引っ込める。
仕方がないので手を繋ぐのは諦めた山ぶ鬼は、彼女の前を進み風呂場へと歩いて行った。

「あの大きな犬、お姉さんが飼ってるの?」

「そうよ。黒いほうが栗、赤いほうが桃、両方女の子」

「ふぅん…あ、お風呂はここ。私黒戸カゲ先生に着替えと…救急箱も持ってくるから、ちゃんと温まってね」

「ええ、ありがとう」

風呂に続く廊下を歩きながらぽつぽつと話し、辿り着いたそこに澄姫を押し込み踵を返した山ぶ鬼は、可愛らしい眉毛を下げた。

「…あんなに綺麗なのに、全然笑わない人…怪我してるみたいだし、忍術学園から転校って…何があったのかな?」

独り言を呟きながら廊下を進む山ぶ鬼は、仲良くしている忍たま三人組の顔を思い浮かべながら黒戸カゲ先生の部屋をノックした。

「山ぶ鬼さん、丁度良かった。これ、転入生の着替え、持っていってくれるかしら?」

すぐに開いた扉から顔を出した黒戸カゲがそう言って見慣れた渋柿色の装束を差し出すと、ふっくらした唇をへの字に歪めて山ぶ鬼の頭をそっと撫でた。

「そんな顔してたら可愛くないわよ?」

掛けられた言葉に一瞬驚いた山ぶ鬼は、だって、と呟いて唇を噛んだ。

「…せっかく先輩が出来たのに、あのひと、ずーっと無表情なんだもん…ねえ先生、忍術学園で何かあったの?乱太郎たち、大丈夫なの?」

複雑そうな表情で唇を突き出し、直後心配そうな色に変わった山ぶ鬼の顔。頭巾においていた手をふっくらした頬に移動させた黒戸カゲは、困ったように微笑んだ。

「…まだ調査中だから詳しいことはわからないけれど、彼女、どうやら心に傷を負ってしまったみたいなの」

「心に、傷?」

「ええ、だからきっと笑えなくなってしまったんだと思うわ」

心配そうに零した黒戸カゲに、山ぶ鬼の表情はますます暗くなる。そんな彼女の小さな手をとり、カゲは優しく微笑みかけた。

「山ぶ鬼さん、彼女のこと暫く頼むわね。同じ女の子だから、きっとすぐ仲良くなれるわ」

その一言で、山ぶ鬼の頬がぱっと赤くなった。男ばかりのドクタケ忍者隊。山ぶ鬼はよく女の子の友達がほしいと思っていたが、同級生は皆男の子。

「ま、任せてください!!」

初めて出来た先輩。それが同性で内心とても嬉しかった山ぶ鬼は元気いっぱいに頷くと、装束を抱えて風呂場へと走っていった。


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