誘惑〜過剰〜
放課後、委員会活動のために焔硝倉に向かった久々知兵助が見た光景は、まるで天国に居るようなものだった。
焔硝倉から少し離れたところから香ばしい香り。その傍で澄姫と火薬委員会の面々が集まってわいわいと楽しそうに談話している。
兵助は匂いに釣られて、その集団へと向かっていった。
「あら、兵助。今日の火薬委員会の活動はもう終わったわよ」
兵助に気付いた澄姫がそう告げると、彼女の隣に居た伊助とタカ丸が嬉しそうに兵助の手を引いた。
「そうなんだよ兵助くん!!今日は滝くんのお姉ちゃんが手伝ってくれてね、在庫確認がすっごく早く終わったんだよ!!」
「だから今澄姫先輩と一緒に、これを準備していたんです!!」
見てください、と伊助に言われた兵助は、三郎次が珍しく素直につついていた火鉢を見た。
そこには
「田楽豆腐!!」
「甘酒もあるんだよぉ」
そう言ってにこにこ甘酒を注いで差し出すタカ丸。
兵助はそれを受け取りながらも、冷や汗を垂らしながら澄姫に問いかけた。
「あの、これってひょっとして火薬委員の予算を…」
ただでさえ少ない予算を使ってこんなお茶会のようなことをしているのでは、と危惧する兵助に、澄姫はにっこり笑って違うわよ、と言った。
「先日の忍務で、先生からちょっとしたご褒美をもらったの。それで、6年生が居ないのに頑張ってる火薬委員会とうちの生物委員会に、特別にね」
特に火薬委員会は人数も少ないから大変でしょう?
そう言われて、感動のあまり兵助のパッチリした瞳に涙が滲む。
生物委員会もくのたまとはいえ6年生の委員長が居る中、火薬委員会は兵助が委員長代理として頑張っている。しかし、予算委員会の時にはたった1年の差に泣かされ、都合上人数も少なく活動内容も地味で『何してんのかわかんない、そんなことでいいんかい?』とバカにされる。
誰もこの苦労をわかってくれないし、労わってくれない。
どこかでそう諦めていた兵助に、澄姫はまるで女神のように見えた。
「澄姫先輩…ありがとうございます!!」
そう言って滲んだ涙を誤魔化すように飲んだ甘酒が、心に染み渡る。
「ふふ…ほら、田楽豆腐も食べなさい。この豆腐は私が作ったものだから味の保障はないけれどね」
そう言って差し出された田楽豆腐を、兵助はいただきますと言って受け取った。
ぱくりと口に含んだそれはほろほろと口の中で崩れて、大豆の香りが広がる。
兵助はそれを咀嚼し、あっという間に平らげるとキラキラした瞳で呟いた。
「おいしい…凄くおいしいです澄姫先輩!!」
「そう?よかった。兵助は豆腐好きだから拘りがあると思って、実はちょっと心配だったの」
「そんな!!俺の作る豆腐よりおいしいですよ!!香りといい、柔らかさといい、素晴らしいです!!焼いてしまうのが勿体無いくらいです!!」
兵助がそう力説すると、澄姫は少し照れたように笑って、火鉢の傍に置いてあった桶のうちのひとつを兵助に差し出した。
「実は、兵助がもし気に入ったら、と思って、焼かずに取っておいたの」
桶の中には、ふよふよと少し小振りの豆腐が浮いていた。
ますます瞳を輝かせた兵助は嬉々としてその桶を受け取り、ごくりと喉を鳴らした。
白く輝く豆腐を見つめ、今にも涎を垂らしそうな兵助は満面の笑みで澄姫にお礼を述べる。
早速ひとつ、と澄姫に豆腐を皿によそって貰い、匙ですくって口に運ぶ。
焼いたものとは違い、滑らかな口当たりと更に強く香る大豆の香りに、今度こそ長い睫を涙で濡らした。
「うっまぁぁ!!澄姫先輩の豆腐うまいぃぃ!!」
感動のあまり少々錯乱気味の兵助を、澄姫は変わらず笑顔で見つめる。
夢中で豆腐を食べる兵助は気付かない。
匙を動かす彼の手を、澄姫が軽く叩いた。
「っあ!!」
匙ですくわれた柔らかな豆腐は、その衝撃で宙を舞う。
放物線を描いて、豆腐はぺちゃ、と澄姫の胸の谷間へと見事に着地した。
兵助はその様子を見て顔を青く染めてから、すぐに真っ赤に染めた。
「すっ、すみません!!」
どうしようどうしようとうろたえる兵助だったが、
「あら、構わないわ。勿体無いからこのまま舐めて頂戴」
零れそうなほど目を見開く兵助に、澄姫はにっこりそう言った。
はい、どうぞ。そんな風に装束の袷を開く澄姫。
そこから覗く胸元は豆腐に負けないほど白く、兵助は先程とは違った意味合いでごくりと喉を鳴らした。
「ほら、早く…」
蕩けるような澄姫の声に、兵助は頭がぼうっとして、その白い胸元から目が逸らせなくなる。
誘われるままゆっくりと顔を近づけていくと、ふわりと甘い香りがする。
あまり女に縁がない兵助は、その香りに惑わされるまま澄姫の胸元に落ちた豆腐へと舌を伸ばした。
ぴちゃり、と音を立てて兵助の口に運ばれた豆腐は、先程食べたものとはまた違って、ひたすら甘く蕩けるような味がした。
「は、ぁ…」
夢中で豆腐を舐めていた兵助は、豆腐がなくなっても澄姫の胸元を舐める。
その度上がる甘い吐息に、香りに、行為は止まらない。
兵助の手が澄姫の装束の袷にかかったところで、甘ったるい空気を一変させる声が彼の耳に届いた。
「あのぉ、兵助くん?それ以上はちょっと外だとまずいんじゃ…」
冷水を頭から浴びせられたような感覚で兵助が顔を上げると、そこには少し困った顔をして三郎次と伊助の目を覆い隠したタカ丸が立っていた。
「うわぁぁぁあああ!!」
まさに飛び上がらん勢いで兵助は澄姫から離れると、地面に頭を擦り付ける勢いで土下座した。
「澄姫先輩すすすみませ…お、おれ、俺む夢中で、夢中で先輩に何てことを!!」
「ん、終わりなの?別に私は良かったのに」
悪戯っぽくクスクスとそう澄姫が告げると、兵助はガバッと顔を上げて、真っ赤な顔を泣きそうに歪めて震え出した。
「す、すすっ、しゅみまてんでしちゃ!!!」
そして呂律が回らないままそう叫ぶと、前屈みになり走り去っていった。
そんな兵助の珍しいさまを苦笑いで見つめるタカ丸が、大笑いしている澄姫をそっと窘める。
「ちょっとやりすぎじゃない?兵助くんとっても真面目だから…」
「そっ、そうね、ぷぷぷ…が、我慢させちゃって可哀想かしら?」
「いやぁ、我慢って言うか、あれはこれから……ねぇ?」
そんな15歳の会話に、目を塞がれたままの三郎次と伊助は首を傾げるのだった。
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