白と黒の狭間

※夢主フリー設定










悪名轟くタソガレドキ城。その忍軍を率いる組頭、雑渡昆奈門。
掴みどころのない性格と不気味な容姿、そして恐るべき実力を持つ昼行灯は、今日も今日とて忍術学園の医務室に遊びに行こうと森を歩いていた。

「さーて、今日の当番は誰かなー」

伏木蔵くんだといいなー。そう呟きながら、もう少しで忍術学園の敷地に足を踏み入れる、というその時、彼の耳に小さな悲鳴が届いた。
厄介ごとはごめんだよ、と聞こえないふりをしたがしかし、何処かで聞いた事のあるよーなないよーな声に彼は足を止めると、深々と溜息を吐いて声のほうへと跳躍した。

物音ひとつ立てずに飛び移った木の下では、息を切らした深赤と見覚えのある濃灰が刃を交えている。
どうせまたあの食えない狸爺が厄介な思いつきで実習先を決めたんだろうなと考えを巡らせた昆奈門は、深赤の美しい顔に刃をつき立てようとした濃灰に向かって苦無を放った。
すんでのところでそれをかわした濃灰はやっと動きを止め、木の上へと鋭い視線を投げる。

「……見ているだけなら気付かないふりしてやろうと思ったが、手を出してくるならこっちも容赦せんぞ」

まるで獣のように唸った濃灰に、包帯から覗いた右目をにいと歪めると、昆奈門はわざとらしく物音を立てて地面に降り立った。

「あーごめんね、ドクササコの凄腕忍者さん。手が滑っちゃって…それよりさ、可愛い女の子には優しくしないと嫌われちゃうよ?」

「何が手が滑っただわざとらしい。それに、“可愛い女の子”なんてどこにいる?そいつはうちに忍び込んだ汚い子ねずみだ」

「え、ちょっと大丈夫?頭的な意味で…澄姫ちゃんは超絶可愛い女の子じゃない。それに、例えるならねずみじゃなくて猫だよ、この子」

不躾なことにいい年下大人が2人揃って年頃の少女を指差し、訳のわからない口論を始めた。
完全に置いてけぼりを食った少女、平澄姫は彼らの言葉にムッと眉間に皺を寄せながらも、乱れた呼吸を整える。
彼女がようやく落ち着いた頃、昆奈門と口論していたドクササコの凄腕忍者が突然苦無いを振りかざし、彼女めがけてそれを振り下ろす。

「実習だなんだとふざけるのは終わりだ!!いい加減痛い目を見てもらおう!!」

鋭い切っ先が目の前に迫り、何とかそれを退けようと苦無を構えたその瞬間、澄姫の目の前に滑り込んできた人物が彼女よりも早くそれを退け、そのまま目にも止まらぬ速さで濃灰を蹴り飛ばし、その首元に刃を突きつける。

「はい、おふざけは終わり。………さっさと去れ」

低い低いその一言だけで、ドクササコの凄腕忍者は忌々しいとばかりに舌打ちし、陰にその身を溶かした。
目の前にできた大きな黒い壁…昆奈門の背中を唖然と眺めていた澄姫は、くりりと振り返った大男につい驚いて短い悲鳴を漏らす。

「はい、おしまーい。怪我してない?」

そんな彼女に何処か楽しそうに笑う昆奈門。黒装束と包帯ばかり目に付くその体躯から唯一剥き出しになっている、右目と喉と、鎖骨。
息切れひとつ起こしていない彼の肌色を見て、澄姫の胸が唐突に大きく高鳴った。

「あ、ありがとう…ございます…?」

「何で疑問系なの?」

結果的に助けて貰った事になるので一応麗を述べた彼女に、くつくつと喉の奥で笑う。すると、剥き出しの喉が呼応するように小さく引き攣った。
まるで取り付かれたようにその一点を見つめる澄姫に、昆奈門は愉悦を滲ませた声で囁きかけた。

「どうしたの?警戒してるの?それとも………私に、ときめいちゃった?」

ねっとりと絡みつくようにそう問い掛けると、呆けていた少女の頬がゆっくりと赤く染まる。

「と、きめいてなんかいません!!助けてくれてありがとうございます!!でも、た、頼んだ訳じゃないんだからッ!!」

そう早口で捲し立てて、澄姫は渾身の力で昆奈門の胸板を突き飛ばすと、まるで風のような速さで走り去っていった。
あっという間に見えなくなったその背中を無感情な瞳で眺めていた昆奈門だが、突然上体を屈めてくつくつと笑い始める。

「手、熱いよ澄姫ちゃん…あー、可愛い。おじさん、ちょっと…」

本気、出しちゃおうかなー。そんな戯れ交じりの呟きは、風に浚われた。

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雑渡さんの包帯から覗く喉とか鎖骨とか胸元とか心底反則だと思う。
みかん様、リクエストありがとうございました



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