ひとりでできたもん!

とことこと、小さな手足をいっぱいに動かして賑やかしい町を行く。
その背中には可愛らしいうさぎ柄の風呂敷が結ばれており、小さく膨れている。

「あかいひらひらのいりぐちのおみせ…あかいひらひらのいりぐちのおみせ…」

母に言われた言葉を忘れないように何度も何度も繰り返しながら歩くその姿はとても可愛らしく、すれ違う人々は口々に『おつかいかな?』と微笑んだ。

何故いろはが町で1人なのか。その理由は、とても心温まるもの。
学園で両親(仮)が授業を受けている間、いろはは事務員のお手伝いとして吉野先生が預かってくれている。その働きというか、小松田さんのドジ抑制力は相当な効果を発揮し、喜んだ吉野先生が『お給料』という形でお小遣いをくれた。
それを使っていろはは長次と澄姫にお饅頭を買うんだとはしゃぎ、休日を利用して3人仲良く町にやってきた。
丁度入り口に当たる茶屋で一旦休憩をしたところ、お饅頭は1人で買いに行くと言い出し、今に至る。
最初は渋っていた2人だが、いろはの剣幕にとうとう説得を諦め、大人しく茶屋で待っている。
『赤いひらひらしたものがかかっているところが、和菓子屋さんよ』
幼いいろはにそう教えた澄姫。その言葉を忘れないようにずっと繰り返しながら、いろはは和菓子屋さん目指して邁進中。

……勿論、まだ三歳のいろはを本当に1人で行かせるはずもなく、その後ろをこっそりと長次がつけてきている。
そして、心配性は彼だけではない。
十字路に差し掛かり、赤を探してきょろきょろ視線を迷わせるいろはに、笠を深く被った美しい女性が声を掛けた。

「あら。お嬢ちゃん、どうかしたの?」

「あぅ…おまんじゅやさん、あっちですか?」

「お饅頭を買いに来たのね、お饅頭屋さんはここを真っ直ぐよ」

親切に指を差して教えてくれた女性に、いろははぺこりと頭を下げてあーとぅ、と笑うと、言われた方向にてくてくと歩き出した。
暫く進むと、赤い暖簾が目に入る。しかし、いろはは困り果てた。
なんと、赤い暖簾のお店が三つもあるのだ。まだ漢字など読めるはずもないいろははスンスンと鼻を鳴らす。すると、そこに通りかかったしじみ売りがいろはの肩をとんとんと叩く。

「お嬢ちゃん、迷子かい?」

「まいごちやう。おまんじゅ、かいにきたの…」

「そうか、おつかいか。お饅頭なら、ほら、真ん中の赤い暖簾のお店だよ」

また親切に指を差して教えてくれたしじみ売りに、あーとぅ、といいながら頭を下げたいろははおっかなびっくり和菓子屋へ足を踏み入れた。
そこには、綺麗に陳列された色とりどりのお菓子。キラキラした瞳でそれを見ていたいろはに気付いた女将さんがいらっしゃいと声を掛けると、いろはは元気よく手を上げて、にぱりと笑った。

「かめさんの、おまんじゅ、くださぁい!!」

無邪気な笑みと元気な声に、店員も客も揃って笑顔になる。

「おやー、おつかいかね?小さいのにお利口なこった!!亀さんのお饅頭はいくつ欲しいのかね?」

「えっとね、こえでね…みっちゅ、かえる?」

女将さんに問われたいろははごそごそと風呂敷をおろし、その中から可愛い巾着袋を取り出すと、中に入っていた小銭を見せた。

「ひーふーみーよー…うんうん、大丈夫!!」

その中から必要なだけ受け取ると、残りはまた巾着にしまわれ、買った饅頭と共に風呂敷に包まれ、女将さんがそれを背中に結わえてくれた。

「あーとぅ!!」

「まあ、お礼まで言えて!!ちょっと待っといで」

そして帰ろうといろはがお礼を言うと、女将さんはにこにこしながら奥で作業している和菓子職人に何かを話しかけると、両手いっぱいの落雁を紙で包み、いろはの小さな手に持たせた。

「これね、おまけ。形は歪だけどおいしいから、お家帰ったらお食べ!!」

そう言って店の出入り口までいろはを見送り、気を付けて帰るんだよー!!と大きく手を振った。
それに大きく手を振り返し、大量のおまけにほくほくしながらいざ帰ろうとしたいろはだったが、そこでやっと緊急事態に気が付く。

「ここ…どこ…?」

道中赤い暖簾の和菓子屋を探すことに夢中だったいろはは、歩いてきた道を覚えていない。
途端に町のざわめきが、通り過ぎる人々が、怖くなる。
じわりと大きな瞳に涙を滲ませたその時、てんてんを頭をつつかれた。
振り向くと、そこには大きな犬を散歩させているらしき男性。

「おほー…じゃなかった。おや、お嬢ちゃん、べそかいてどうした?迷子か?」

「あのね、あのねっ、いっちゃんね、おつかいきてね、おちゃやさん、わかんなくなっちゃったの…っ」

「そうかいそうかい、お茶屋さんってのは、入り口すぐのかな?」

「うんっ、とーしゃまと、かーしゃま、まってうとこっ…」

「あーあー、泣かなくても大丈夫。途中まで一緒に行こう、ほら」

そう言って親切にも手を差し出した男性の手を取って、いろははぐすぐすと泣きながら歩く。途中の十字路まで連れてきてもらうと、男性はこっちが散歩コースだからと言って去っていってしまった。
再度1人になったいろはは、来た時と同じようにきょろきょろと周囲を見回す。
その脇を、大きな声で楽しそうに笑いながらゆーっくりと通り過ぎていった2人連れ。

「あー、タカさん!!あの町の入り口の茶屋、今日はえらい別嬪がいるってねえ!!」

「ぶっ…そっ、そうかい、じゃあ今から一緒に行こうかね!!」

いろはにも…いや、下手したら町中に響きそうな声でそう言った2人連れはゆっくりゆっくり歩いていく。
それにはっとしたいろはは、2人の後をとことことついていった。

暫く歩いたところでいろはの目に飛び込む、大きな日よけの傘。見覚えのある椅子。そして、揃って待っている、長次と澄姫の姿。

「あー!!とーさまっ、かーさまぁ!!」

大喜びで駆け寄り、腕を広げた澄姫に飛びついたいろははほんのり赤くなっている目尻をこすり、手に持った落雁と背中の風呂敷を、自慢げに2人に見せ付けた。




ひとりでできたもん!

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親切な女性、立花仙蔵。しじみ売り、鉢屋三郎。犬を連れた男、竹谷八左ヱ門。大きな声の2人連れ、食満留三郎と斉藤タカ丸。その他、顔バレする可能性があるので長次と共に危険排除の裏方。
以上でお送りいたしましたwww
みすず様、リクエストありがとうございました



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