破壊力抜群

それはある日の放課後のことだった。各委員会の委員長が所属する委員会に向かおうとしていた時、学園長から緊急の呼び出しを受け、嫌な予感をひしひしと感じつつも庵へ向かうと、やけに張り切っている老人がひらりと一枚の紙を翳した。
そこに書いてあったのは、臨時予算あげちゃうよ、の一言。
瞬時に目を輝かせた委員長たちだったが、しかし、一筋縄ではいかないのがこの学園長、大川平次渦正である。

「これから各委員会委員長による『ばとるろわいやる予算争奪戦』を行う!!」

声高に叫ばれたこれまた厄介な思いつきに、誰もが溜息を吐いた…。


さて、こうして始まったバトルロワイヤルだが、ひとつ問題が発生しており、委員長たちはそれぞれ得意な武器を手にしながら、運動場の真ん中に大きく書かれた円の中で睨み合いながら距離を詰めている。
今回のバトルロワイヤルの唯一のルール、ここから出たら負け、の円だ。

「…おい、火薬委員会明らかに反則だろ…」

円の中心に程近い場所でそう小さく呟いたのは闘う用具委員会委員長食満留三郎。彼は得意の鉄双節昆を構えながら、自分を睨みつけてきている潮江文次郎に視線を送る。
その視線を受け取った文次郎も同じようなことを考えていたらしく、無言で答える。
不満気な空気を醸し出している留三郎…しかし、彼の言いたいことは至極当然。

「いやあ、すまん…今回はどうしてもお前たちと同い年の奴が捕まらなくてな…」

あっはっは、とその空気に似つかわしくない笑い声を上げたのは、なんと黒い装束。唯一5年生が委員長代理を務める火薬委員会は、その代表として顧問の土井半助を今回のバトルロワイヤルに投入してきたのだ。
本来半泣きで参加するはずの久々知兵助は、外野から呑気に声援を送っている。
どう考えても不公平な参加者に7人が深い溜息を吐いたその瞬間、カィーン、と間抜けな音によって戦いの火蓋は切って落とされた。

その瞬間、暴君七松小平太が勢いよく半助に飛び掛る。
案の定と言うかなんと言うか、留三郎は文次郎に狙いを定め、仙蔵と長次は遠くから戦況を眺め、自分の間合いを確立。伊作も同様に風上に立ち、静観の構え。
それを見て内心安堵したのは、紅一点の澄姫だった。
バトルロワイヤルで一番先に狙われるのは、その中で一番の弱者。悔しいことにそれに該当してしまう彼女は、土井半助が投入されたことにより混乱した状況に好機を見出していた。

小平太はこの中で一番強い土井先生に挑んだ。どちらが勝っても恐らく疲弊は免れない。留三郎と文次郎は均衡した実力により相打ちになる可能性が高い。
素早く回転する頭でそう考えた彼女は、目下一番の強敵になりそうな策士3人へと向き直り、己の武器を構える。
やはり同じことを考えていたらしく、嫌味ったらしく微笑む仙蔵と目が合った。

「…まあ、そうなるな。悪く思うなよ、魔女」

「こっちの台詞よ魔王様。かかってらっしゃい」

お互いがお互いに気迫で牽制し合い、じゃりりと地面を踏み鳴らし距離を詰めていく。ある程度近付いたところで仙蔵が素早く宝禄火矢に点火し、澄姫は間髪入れずそれを弾き飛ばす。
いくつかの宝禄火矢が宙を舞い、いたる所で爆発。その苛烈な音に触発されたのか、先に取っ組み合っていた二組はますます激しく火花を散らせた。
それに煽られたのか、伊作が特製の痺れ薬を仕込ませた扇を振るって静観していた長次の前に躍り出る。
徐々に激しくなっていくその戦いに、5年生の他にもわらわらとギャラリーが集まり、それぞれ所属する委員会の委員長に声援を飛ばした。
徐々に盛り上がっていく中、間合いを詰めすぎたのか仙蔵が澄姫に蹴りかかる。鋭く放たれたそれを低く体勢を屈めてなんとかかわした彼女は、素早く彼の軸足を払い体勢を崩させる。しかしそうはさせんと後方に飛び退いた仙蔵。
忍たまの中で小柄な仙蔵…とはいえ、男。実力差以前の問題にさてどうしようかと思考を巡らせた彼女の目に実にタイミングよく飛び込んできたのは、可愛い後輩。
それを見た瞬間、澄姫の口角が凶悪に吊り上る。

「あら仙蔵、可愛い可愛い後輩が一生懸命あなたを応援しているわ」

「なに?…うげっ、福富しんべヱ!!山村喜三太!!」

相性最悪な2人を見て、仙蔵の動きが一瞬鈍る。それを澄姫が見逃すはずもなく、トン、と軽く肩を押すと、彼はずべしゃと円の外に倒れた。
ルール上敗退が決定した仙蔵から瞬時に意識を移動させた彼女は、今度は長次と拳を交えている伊作に目標を定める。
縄標により片腕を掴まれて苦戦しているそこに分銅の付いた鎖を投げ、あっと言う間に伊作の手から奪い取った扇子。それを奪い取った反動のまま後方に投げると、見事に直撃を受けた留三郎と文次郎が邪魔するなとばかりに澄姫に掴みかかってきた。

「澄姫!!てめぇ、邪魔すんな!!」

「お前から先に叩き出してやろうか!!」

そう喚くが、その腕はすぐに力を失い、へなへなと力なく地面に倒れこむ犬猿。

「い、伊作…即効性にも、限度がある、らろ…!!」

「痺れるどころの、騒ぎじゃねえな…畜生!!」

悔しそうに呻きながら立てなくなってしまった犬猿を速攻で円の外に蹴り飛ばした澄姫は、わざとらしく小首を傾げてごめんなさいねと可愛く謝った。
直後、ギャラリーから歓声。何事かと視線を戻せば、半助が息を切らしながらも小平太を、そして長次が伊作を渾身の力で円の外へと放り出していた。
悲鳴を上げながらとんでいく伊作についつい視線を奪われてしまった彼女だが、死角から突き出された腕に慌ててその場から飛び退く。
黒い装束を認識するなり、その動きの速さに目を見開く。教科担任といっても元戦忍…そして体格のいい長次よりも、非力な澄姫に瞬時に目標を切り替えた半助の判断力の高さに、彼女は感嘆の声を短く漏らした。

「さすが土井先せ…きゃあっ!!」

しかしその所為で防御が緩み、華奢な澄姫の体が吹っ飛ばされる。どう考えても円の外にある着地地点に彼女が舌打ちした、その時。
どすりと、がっしりした何かに受け止められた。
驚いて視線を上げると、そこには恋仲の男。バトルロワイヤルなのにも拘らず助けてくれた長次に彼女はうっすらと頬を染め、蚊の鳴くような声で礼を述べた。
それに無言で頷いた長次は、まるで彼女を庇うかのように前に出て、得意武器の縄標を構える。
まるで恋物語のような展開にくのたまたちが黄色い声援を飛ばすと同時に、苦無と縄標が甲高い音を立ててぶつかる。

体格だけなら互角の2人が暫くせめぎあっていると、ふと、彼女の背後からヒソヒソと何かが聞こえてきた。視線だけで確認すると、わらわらとチラつく井桁。

「あなたたち、先生を助太刀しなくていいの?」

瞬時に浮かんだ言葉をそのまま彼らに向けると、井桁たちははっとした顔でそれぞれ足元に落ちていた石を掴む。

「長次!!伏せて!!」

咄嗟に叫んだ澄姫と、せーの、と言う元気な声。彼女の指示に半分条件反射で従った長次の頭上を飛んでいくいくつかの石は、痛々しい音を響かせて半助の頭に当たった。

「あれ。助太刀失敗…」

「お約束のこと、忘れてた…」

口々にそう漏らす井桁に何かを言おうとした半助だったが、それは声にならず、彼はばたりとその場に倒れた。図らずも、そこは円の外。

「……今のは、いいのか…?」

「いいのよ、ルールで助太刀は認められているし、なんでも利用するのが忍者だもの」

どこか罪悪感を感じた長次がそう問い掛けると、澄姫はころころと笑う。
勝負はとうとう終盤を迎え、また残った人物が有名な恋仲という事もあり、ギャラリーはざわめく。
先程の共闘(?)とは一転、じわじわと距離を取る2人に、誰もが息を呑んだ。
普段、実習などで似たような状況を見ている6年生たちは既に長次の勝利を確信しており、予算は図書委員会が総取りかと羨ましそうに呟く。

「……怪我を、させたくない…澄姫…円の外に、出ろ…」

呟きを耳にした長次が、何処か優しげな声でそう囁く。一言も漏らさずそれを聞き取った澄姫は、困ったように眉を下げて微笑んだ。

「意地悪なひとね…でも、それは聞けないお願いだわ」

返された答えに微かに眉を下げた長次は、暫くの沈黙の後、大きく踏み込んだ。
実力行使にうって出た彼にあっという間に距離を詰められ、その細い腰にしっかりと腕を回され、軽々と持ち上げられる。そして、ゆっくり円の縁に歩いていった長次は、無言のまま澄姫を円の外の地面に降ろそうとした。
しかし、その瞬間、彼の耳元で何かを囁いた彼女はサッと身を翻し優しい拘束から逃れると、何故か微動だにしない長次の大きな体を渾身の力で突き飛ばした。
意外な結末に大喜びする生物委員会の面々と、唖然としているその他の生徒たち。特に長次の勝利を確信していた6年生たちは何事かと駆け寄り、そして、倒れている長次と彼を突き飛ばした体勢のまま俯いている彼女を見て、引き攣った笑顔を浮かべた。

「勝者、平澄姫!!臨時予算は生物委員会に贈呈じゃー!!」

開始時と同じく声高に叫んだ学園長から臨時予算を受け取り万歳三唱している生物委員会。そんな彼らを尻目に、長次と澄姫は突然、顔を覆って別方向に走り去った。



『勝たせてくれたら、なんでも言う事、聞くから…』

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利用できるものはなんでも利用するのが忍者です。それが厳禁でも、不運でも、後輩でも、思春期のアレでもw
綾香様、リクエストありがとうございました



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