その女、調査する

キンと冷えた空気が肌に突き刺さる夜明け。
まだほとんどの生徒が夢の中…そんな時間帯に、澄姫は長次、小平太と共に正門の前に居た。

「くれぐれも、ほどほどで戻るように」

そう言ったのは6年生の担任、頷くのはくノ一教室の担任山本シナ。
2人の教員にしっかりと返事をした3人は、澄姫の愛犬である栗と桃を連れて正門を出た。
まだ薄暗い森の中を走りながら、3人は一目散に目的地へ向かって駆けていく山犬にぴったりとつき、ただひとつのことを頭に思い浮かべていた。

ことの起こりは昨晩。
澄姫の愛犬である栗と桃が咥えて戻ってきた血塗れの着物。
それはつい先日まで忍術学園に滞在していた“自称”ヘイセイと言う未来から来たという男、諸浜稔が身につけていたもの。
くのたまたちの懸命な調査で、男の嘘を暴いた…のだが、その直後逃げられてしまい、行方がわからない。
しかし、追跡にでた山犬2匹が持ってきたその着物は尋常ではないほどの血に塗れ、一目でもう彼がこの世にいないだろうことが窺えた。
くのたまに正体を暴かれたとはいえ、諸浜稔は恐らくプロの忍者。後を追ったくのたまの仕業とは到底思えない。
…おそらく、彼の雇い主、もしくはそれの関係者に手を下されたのだろう。
そこまでを話し合い、3人は一体諸浜稔が何の目的で学園に送り込まれたのかを調査するため、早朝から学園を飛び出した。
相談を受けた担任と山本シナは、最初何かを言いたそうにしていたものの、結局生徒の自主性を重んじて外出許可を出した。

「…先生たちも、裏で何かを探っていたようね」

ほどほどに、そう言いつつも教師たちの瞳の奥に浮かぶ期待の色を読み取った彼女が走りながらそう呟くと、先頭を走っていた小平太が前を見ながらだろうな、と彼女の言葉を肯定した。

「自主性を重んじるのは結構だが、あんまり放任主義すぎるのも考えものだな!!」

小平太はけらけらと笑いながらそう続け、まあそのお陰でここまで動けるようになったんだが、と結んだ。

「…それもそうね」

彼の発した言葉両方に納得した澄姫は口角だけを上げて頷くと、隣を走る長次にそっと視線を向けた。

そうこうしているうちにかなりの距離を走ったらしく、目的地に大分近付いたらしい。勢いよく走っていた桃がふんふんと鼻を鳴らし始め、ぷしりと小さくくしゃみをした。
それを見て、彼女は止まって、と2人に声を掛けた。

「栗、桃、この辺りなの?」

足を止めた小平太と長次が周囲を見回し、何らかの気配はないかと探る。その傍らを、臭いを辿りながら身長に進んでいく山犬…そして、ある一点でピクリと顔を上げた桃がわう!とひとつ吠え、再度駆け出した。
木々の合間を縫って進んでいく赤毛の後を追いながら、小平太がまるで犬の真似でもするようにすん、と鼻を鳴らし、その目を鋭く細めた。

「おい澄姫、血の臭いがするぞ」

「みたいね。桃のくしゃみも止まらないし、栗もそわそわしているわ」

「そいつら、わかるのか?」

「当然よ。この子達はね、血の臭いに特に敏感なの。栗はそわそわするし桃はくしゃみが止まらなくなるから一目瞭然よ」

「へぇー、凄いな!!賢いな!!」

「確かにこの子達は賢いけど、そう躾たのは私よ。崇め奉りなさいな」

「あが…?」

「あ、ごめんなさい。小平太には難しかったわね」

桃の後を追いながらそんなやりとりをしている小平太と澄姫。いつもの仏頂面でそれを眺めていた長次がつんと鼻を突いた臭いに視線を動かすと、走っていた栗と桃が大きな木の下で足を止め、まるで鼻を地面にこすりつけるように一心不乱に臭いを嗅いでいた。
2匹の黒豆のような鼻が辿るそこには、まだ新しいと思える血痕がいくつか残っていた。

「……ここ、か…」

小さな声でそう呟いた長次が周囲を見回し、小平太がひょいと身軽に木に登り、何か痕跡はないかと目を凝らす。

「ん…?」

そう短く呟いたのは、木の上にいた小平太だった。

「おい澄姫、長次の後ろの茂みの奥、そこ、何か…」

そう言って、長次からは生い茂った草で死角になっていた茂みを指差す。登った時と同じようにひょいと木から降りた小平太が、長次と共に手入れすらされていない茂みを掻き分け顔を覗かせ、そして、ぐっと喉を詰まらせた。


二尺はある草が生い茂ったその奥…掻き分けて入り込まない限りは目に止まらなさそうなそこに、諸浜稔はいた。

「…まさか、放置してるだなんて…伊作も誘えばよかったわね…」

虚ろな目を驚きに染めたまま事切れている彼は、腹から多量の血を流していた。それらはもう乾いており、かなり前から放置されていたことが窺える…のだが、なにぶんそれらは伊作の得意分野。3人には大まかなことはわかっても、詳細までは判断することができない。
額を押さえて唸った澄姫に、長次が小さく声を掛けた。

「……一旦、学園に戻るぞ…」

「そうだな、長次の言う通りだ。状況は確認できたから、後でいさっくんを連れてきてまた調べよう。この場所ならそうそう人目には触れんだろうし、処理はその後だな!!」

「…そうね、人通りも増えてくるだろうし」

これ以上は目立つ、という結論を出した3人はとりあえずその場で短く手を合わせ、足早に学園へと戻っていった。


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