異変
(天女視点)
まるでおとぎ話のお姫様になった気分だわ。
元居た世界とは違って、ここは本当に天国みたい。
だだっ広い忍術学園の校門掃除をするっていう仕事は与えられたけど、学校に行って勉強しなくていいし、面倒な宿題もない。
パパとママがいないのは少し寂しいけど、可愛いお洋服の変わりに綺麗な着物。お金は持ってないけど、メイク道具はカバンに入ってたし、欲しいものがあれば伊作くんや他の誰かが買ってくれるし、なぁんにも気にしなくていい。
「ホント、さいっこー」
ざかざかとほうきを動かして、くるくる回る。
最高。私が笑うと皆も笑う。どこを見てもイケメン、イケメン、イケメン。
その中でも一番のお気に入りは、立花仙蔵くん。
とっても綺麗な顔立ちで、物腰もとっても柔らかで、いつも忙しいってあんまりお話は出来ないけど、会うと優しく笑ってくれる。
彼もとっても嬉しそうに笑ってくれるから、他の人から見たらとってもお似合いの美男美女カップルに見えてると思うの!
伊作くんや他の人には可哀想だけど、やっぱり私みたいな美少女には、彼みたいな美少年がお似合いよね!!
…そういえば、あんまりお話できてない子がいるんだよね。
気になってるんだけど、話しかけようと思ったら居なくなってたり、急いでるからってどこかいっちゃったり。
あんまりしつこくすると嫌がられちゃうから、引き止めないようにしてるんだけど。
そこまで考えて、私はふと違和感を感じた。
「あれ?お話できてないといえば、最近見かけなくなった子が居る」
そうそう。食事時になるといっつも私の周りに人だかりが出来て、皆で楽しくご飯を食べてるんだけど、そういえば昨日か一昨日くらいからかな?
15歳なんだけど4年生の斉藤タカ丸くんと、女の子みたいに可愛い綾部喜八郎くん。
くりくりおめめの尾浜勘右衛門くんと、えーっと…不破雷蔵くんか鉢屋三郎くんのどっちか。見分けつかないからわかんないけど。
そういえば、潮江文次郎くんと、彼といっつも私を取り合ってた食満留三郎くんも、昨日はいなかった気がする。
「うーん、忍者って言っても一応学校だし、宿題とか忙しかったのかな?」
私も宿題がたくさん出たときは友達と遊べなかったりしたし…どの世界もどの時代もそういうものなのかな?
「今日は会えるかな」
そんなことより、そろそろお昼ごはん。
さっさとほうきを片付けて、食堂に行かなきゃ。
私は集めた落ち葉をその辺にまとめて、食堂に向かって歩き出した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「あ、心愛ちゃん、お仕事お疲れ様!!」
食堂に入ると、カウンターでメニューを選んでいた伊作くんがそう言ってにこりと笑いかけてくれた。
私がこの世界に降ってきた時から、伊作くんはとっても親切にしてくれる。
とっても優しい笑顔で、頬を染めて、私のこと大好きって顔で。
「ありがと!!伊作くんもお疲れ様!!」
そう言ってにっこり笑ってあげると、伊作くんは真っ赤な顔をして固まった。
食堂のおばちゃんからランチを受け取って振り返ると、すぐ傍のテーブルから久々知兵助くんが歩いてきて、私の手からトレイをさっと取り上げた。
「心愛さん、お疲れ様。これは俺が運ぶよ」
「ありがと、兵助くん!!優しいんだね」
ふわふわの長い髪の毛を揺らして、兵助くんは私のお昼ごはんを持ってテーブルにエスコートしてくれた。
あーあ、これで豆腐大好きじゃなければ、王子様候補に入るのになぁ。
ここの学校、イケメン多いのに性格とか趣味が残念な子が多いんだよね。
最初はかっこいいからってお話したら、伊作くんなんてすっごいドジだし、兵助くんはご飯に豆腐が出たら話止まらなくなっちゃったし。
滝夜叉丸くんは色んな話が長すぎて疲れちゃうし、長次くんは外見と性格のギャップがちょっと、ね。
あ、でも長次くん彼女居たんだっけ?私よりちょっとだけ綺麗な人だったけど、こないだ振られてた。
たまたま現場に居合わせちゃったんだけど、あの時は凄い優越感だったな。
だって私のことが好きになったからって振られたんだよ。あの長次くんに。
しかもあの人、すっごい悲しそうに泣いちゃっててさ。
そんなに長次くんが好きだったなら、取られないようにしっかり夢中にさせてないと。
可哀想だから、私が飽きたら長次くんだけあの人にあげようかな。うふふ。
そう思って長次くんを見ると、目が合って、彼は恥ずかしそうに俯いた。
(ごついのに性格乙メンなとこが、やっぱちょっとね…)
あの人は彼のどこがそんなによかったのかな?
私はそう思って、ランチを食べ始めた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ふー、おなかいっぱい」
そういっておなかを摩る私の目の前に滝夜叉丸くんがお茶を置いてくれて、私は彼にありがとうと言ってお茶をこくこく飲む。
はにかむ彼を見ていると、何かが引っかかった。
その疑問を彼にぶつけてみる。
「そういえば、こないだ見た人って滝夜叉丸くんとちょっと似てる…」
そう言ったら、長次くんが静かに立ち上がり、準備があるからと食堂を出て行った。
私がそれを見送ると、正面に腰掛けた滝夜叉丸くんが話し掛けてきた。
「心愛さん、『こないだ見た私に似ている人』というのはひょっとして私の姉上ではないでしょうか」
ほら、あちらにいらっしゃる…そう言って滝夜叉丸くんが指し示すほうを見たら、確かにこないだの女の人がご飯を食べていた。
姉上、滝夜叉丸くんの、お姉さん。なるほど、似てる。
「あ、こないだの人だ」
「姉上と既にお会いしていたんですね。姉上はしばらく忍務で学園を出ておりましたし、私が紹介しようとしても忙しそうでなかなかご紹介できなかったんですよ」
「ふーん」
疑問が解決された私はそれ以上のことに興味は無く、ごちゃごちゃ喋ってる滝夜叉丸くんの言葉を聞き流す。
ちらりと滝夜叉丸くんのお姉さんを見ると、彼女の正面からがたりと誰かが立ち上がった。
「な!!」
思わず声が出る。だって、だって!!
立ち上がったのは私のお気に入りの立花仙蔵くんで!!
それだけじゃなくて、しばらく見かけなかった子たちもその周りに居て!!
よくよく見れば、私よりも大勢のイケメンに囲まれてて!!
何なのよあの女!!こないだはみっともなく振られてたのに、なんて尻軽女なの!?
ムカついた私は、この前見たことを皆に教えてあげることにした。
「でもこないだ彼女、長次くんに振られてたんだよねー」
あんなに綺麗な人なのにね、そう言うと、隣からガッシャンと物凄い音がした。
音のほうを見ると、伊作くんが躓いたのか食器をひっくり返して頭に丼を被っていた。もうほんとドジ。これが無ければなぁ…。
そう思ってちょっと呆れた私の肩を、丼を被ったままの伊作くんは凄い顔で掴んで揺さぶってきた。
「そそそそれって本当!?」
「本当だよ!!だって私その現場見たもん!!」
なよっとした見掛けの割に、伊作くんは結構力持ち。
あまりの痛さに半分叫ぶようにそう答えたら、伊作くんは慌てて長次くんの名を叫びながら食堂を飛び出していった。
大丈夫ですか!!と慌てて私を立たせてくれた兵助くんに何今の、と問いかけたときに、後ろから女の人の声かした。
「ふふふ、天女サマ。大丈夫?」
振り返るとにこにこ笑った滝夜叉丸くんのお姉さんが居て、私はムっとする。
隣に居る仙蔵くんとお似合いだなんて、一瞬だって思ってないんだから!!
「伊作に乱暴されたの?珍しいこともあるもんね、あの優しい伊作が女の子に掴み掛かるなんて、余程のことよ?」
何を言ったのかしらね、なんて言われて、私は思わず兵助くんの背中に隠れた。
「うふふ、天女サマ」
そんな私なんかお構いなしで、彼女は笑って私にこう言った。
「この前は、長次に振られた私を『慰めて』くれて、どうもありがとう。『お礼』を、楽しみにしていてね」
固まる私に、仙蔵くんは優しげな笑顔を向けていた。
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