君が覚えていなくても

※幼女化注意



なんかごめんね、あとよろしく。そう言っていそいそと部屋を出て行ったくノ一教室担任の山本シナ先生を呆然と見送り、私を含む忍術学園6年生たちは目の前で唸る少女に向き直った。

「…“これ”が、澄姫とはな…」

「僕も驚いた。何でも山本シナ先生の新薬の実験で記憶だけじゃなく肉体まで退行現象を起こしちゃったんだって」

「んなアホな…」

仙蔵が信じられないな、と呟きながら少女をあちこちから眺め、伊作は伊作でそんな薬どんな調合するんだろうねー、と暢気に笑っている。そんな彼を尻目に文次郎が額を押さえその場にしゃがみこんだ。
そんな中、私たちの中で比較的子供に好かれる小平太と留三郎が少女に向かっておいでと手を伸ばすと、二人の手はぴしゃりと叩き落される。

「さわらないで」

強い光を宿した瞳で睨まれ、きっぱりと拒絶された2人は困ったように眉を下げて顔を見合わせる。
どうやら面影はあるものの、今の澄姫は学園に入学する前、恐らく八歳、九歳くらいの歳なのだろう。以前彼女の両親に挨拶に行った時に聞かされた“はねっ返りのじゃじゃ馬”という表現が似合う、そんな態度だ。これでは求婚相手も完膚なきまでに叩き潰されるわけだ。

「おーおー、こりゃ手強いなぁ」

「なあに、取って食いやしない。元に戻るまで一緒に遊んでいよう!!」

私がそんな思考に沈んでいる間も、小平太と留三郎はにこにこと手を差し伸べ続ける。しかし、今度はその手を何の遠慮もなしに蹴り飛ばし、少女はふんと鼻で笑った。

「かいじゅうしようったって、そうはいかないわ。おとこなんてみんなけだものじゃない、だいきらいよ」

癖ひとつない真っ直ぐな髪を肩からばさりと払い、2人を拒絶する澄姫。先ほどからずっと続いている頑ななその態度に、とうとう人のいい留三郎の眉間に皺が寄った。不穏な気配を察知して視線を動かせば、小平太のこめかみもヒクヒクと引き攣っている。
幼少の頃からきれいな顔立ちをしていた彼女はきっと、そんな言葉が出るくらいに、数多の男たちにそう言った目で見られ続けていたのだろう。どことなく腹の奥がもやもやするが、今はそんなことを考えている場合ではない。
私は小平太と留三郎の気迫にこくりと小さく喉を鳴らした少女に近付き、無言のまま彼女を抱え上げた。

「やっ!!はなして!!さわらないでったら!!」

「…澄姫は……元に戻るまで、私が面倒を見る…」

手に負えない暴動が起こる前に、じたばたと激しく暴れる少女を肩に担ぎ上げ、私は自室へと引き上げた。




自室に戻り、暴れ叫ぶ少女を肩から下ろす。間髪いれず部屋の隅までいざった少女に一瞥だけくれ、私は文机の上に置きっぱなしにしていた本を手に取って読みかけの貢を開き視線を落とす。
いくら恋仲とはいえ、こんな小さくなった少女に手を出す趣味もない。ましてや彼女は私のことも覚えていないのだ。
そこまで考え、本の貢を捲る手が止まった。

「………私のことも、覚えていないのか…」

部屋の隅で小さくなっている少女に、問い掛ける。

「………しらないわよ。あなたなんか、しらない」

耳に届いた返答に、脳髄の奥が凍りついた。


…今思えば、私は澄姫に甘えてばかりだ。
恋仲になる前から、私が委員会で忙しい時、実習が続いた時、澄姫は文句ひとつ言わず私のことだけをただ心配してくれていた。
あんなに美しく器量のいい彼女が私なんかに想いを寄せて、想いを告げてくれたときも、その後も、私はちゃんと言葉で彼女に気持ちを伝えていただろうか。
答えは、恐らく “否”

話すことが得意ではないと甘え、彼女に、澄姫に、私は…



「……そのかお、やめて」

暗い闇の中に沈みかけた思考が、ふと暖かい手に掬い取られる。
私の傷だらけの頬に添えられた、柔らかい手。視線を上げれば、そこにはどこか痛々しい顔をした澄姫。

「そのかお、たきが…わたしのおとうとが“ぼくのせいで”っていうときにするかおとにてる。なにをかんがえているかはわたしにはわからないけれど、ふゆかいなの。やめて」

やけに大人びた口調だが、どこかたどたどしい。そんなアンバランスな少女に“不愉快”と告げられはしたものの、彼女は変わらず痛々しい表情のまま。
私はつい、頬に添えられている手を取り、小さくなった身体を胸に抱き締めた。
突然のことに驚き暴れる少女を逃げられないように抱きすくめ、肩口に顔を埋める。ふわりと香る彼女の香りに、私の口は勝手に動き出していた。

「……私は、大事にされてばかりだ………」

「ちょっと、はなして!!」

「……だが、それは負担だったのかも知れない…だから…だから澄姫は、お前まで戻ってしまったのか…?」

「はなしてったら!!なにいって…」

「……私を、知らない………忘れた、かった?」

思いのほか悲壮感漂ってしまった私の言葉に、澄姫はぴたりと暴れるのをやめた。

「……あなた、わたしの“おともだち”じゃない、でしょう」

「………」

「さっきいなくなったきれいなおねえさんがいっていたわ、もとにもどるまでおともだちといっしょにいなさいって。ねえ、でも、あなたちがうでしょう?」

確信を宿した瞳が、私を貫く。その煌きの中に愛しい澄姫を見て、私は静かに目を閉じる。
ふわりとしたぬくもりが、唇に触れた。








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「長次……正直に言って頂戴」

翌朝、無事元に戻った澄姫に詰め寄られ、私は困り果てていた。

「皆から事情は聞いたけれど、私はさっぱり記憶がないの。でも、貴方のその態度…何かあったでしょう」

ぐいと顔を寄せられ、逃がさんとばかりに睨みつけてくる彼女にとうとう観念した私は、ゆっくりと口を開いた。

「………口吸いを、した…」

しかしその言葉で、彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。

「はっ、はぁぁぁ!!?ど、どういう経緯で!!?」

「……成り行き…?」

首を傾げてそう言うと、彼女は頭を抱えて蹲った後、私の肩を掴んで揺すり始めた。

「は、八歳とかそこらへんの私なんて女として…いいえ、人としてどうかと思う時期よ!!何かあったらどうするつもりだったの!!」

美しい顔に焦りを浮かべた澄姫はがくがくと私の身体を揺する。その彼女の手を掴み、動きを止めてから、彼女のシミひとつない額に自分のそれを合わせる。

「……そこまで、酷い奴ではない…可愛いものだった…」

視線を合わせてそう言ってやれば、彼女は両手で顔を覆い

「わっ、若い方がいいって言うのぉぉぉぉ!!!?」

そう泣き崩れてしまった。
しかしそんな澄姫すら愛おしいと思う私は、どこかおかしいのだろうか。
自分相手じゃ牽制もできないと泣き喚く彼女を抱き締め、唇を奪うと、私の中の独占欲が驚くほど満たされていくのを感じた。

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長次視点にしたら全然ギャグにならなかった…そしてだれおま状態。あんまりてんやわんやしてなくてごめんなさい。
彩香様、リクエストありがとうございました



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