小さな守護者

学園長から忍務を言い渡されてから十日目の昼過ぎ。使わせていただいた空き家を片付けてからゆっくりと学園に戻った長次と澄姫は、もうすぐ正門が見えてくるというところで、縮こまっている三つの井桁を見かけた。

「あら?あの子達…1年は組の三人組じゃない?」

隣を歩く長次の袖を引いてそう言った彼女は、珍しいお出迎えね、と笑った。しかし、その直後長次が急に走り出し、彼の委員会の後輩である三人組のうちの1人、きり丸の目の前にかがみこんだ。
一体何事かと彼の後を追った澄姫は、三人組の顔を見てぎょっと目を見開く。

「ど、どうしたのあなた達、誰かと喧嘩でもしたの?」

そう驚きの声を上げて、長次と同じようにしゃがみこんだ。彼女の目の前には、ぐっと唇を噛み締める乱太郎ときり丸、そして、ぐしゅぐしゅとべそをかいているしんべヱの姿。
いつも楽しそうに笑っている後輩の珍しい姿に慌てふためく澄姫に、拳を握り締めたきり丸が低く呟いた。

「学園に、戻ってこないでください…」

「…え?」

放たれた言葉が理解できずに眉を顰めた澄姫の肩を乱太郎が掴み、きり丸と同じように学園に帰ってこないでください、早くどこかへ行ってくださいと繰り返しながらぐいぐいと押す。
可愛い後輩からの意味不明な仕打ちに、彼女の視界がくらりと揺れた。

「中在家先輩、早く澄姫先輩を遠くへ連れて行ってください」

「……きり丸…?」

「早くッ!!」

一体どうしたのかと問おうとした長次の言葉すら遮って、きり丸は声を荒げる。まだ幼い1年生ではあるが、その必死な様子に息を飲み、長次はしぶしぶ小刻みに震える彼女を支えながら、今しがた通った道を引き返していった。

2人の背中が見えなくなってから暫くすると、乱太郎が悲しそうにきり丸の手を握った。

「これで、いいんだよな…」

ずっと堪えていた涙がとうとう、まだ丸みを帯びた頬を伝う。小さく震え始めた彼の背中を、べそをかいたままのしんべヱが撫で摩った。

「うん…だって、先輩にはぼくたちみたいないやな思い、して欲しくないもん…」

「なんたって忍術学園の“名物カップル”だもんね…めちゃくちゃになんか、絶対させない」

「サンキュ、しんべヱ、乱太郎…どんだけかかるかわからないけど、おれたちで何とかしてみせようぜ!!」

3人はそう言って小さな拳を合わせたあと、たかたかと学園に戻っていった。



そんな小さな背中を、木の上からじっと眺める2つの影。

「…全く、ちょっと留守にするとすぐ問題が起こるんだから」

呆れたように呟いて、澄姫はちらりと目配せをする。その視線を受けて頷いた長次は音もなく木から降り、学園へと入っていった。
その大きな背中を眺めながら、澄姫は嬉しそうにくすくす笑う。

「あの子達の話からすると、今私が学園に戻ると“長次が嫌な思いをして、私たちの仲が滅茶苦茶になってしまう”、だから、遠ざけてその間に“自分たちで何とかしよう”…自分たちは既に“嫌な思いをしている”のに…うふふ、可愛いことしてくれるじゃない」

そう呟くと、彼女は座っていた枝の上に立ち上がり、高く跳躍する。ひょいひょいと木から木へ飛び移り、学園の長い塀をぐるりと回りこんで、飼育小屋の見える位置まで行くとピィと短く指笛を吹いた。
暫くすると、ひょこりと塀から顔を覗かせる群青。

「おほ、澄姫先輩お帰りなさい」

「ただいまハチ。悪いんだけれど、くノ一教室の誰かに頼んで私の忍装束と武器を裏々山まで持ってこさせてくれるかしら?可愛い守護者が学園に入れてくれないのよ」

くすくすと笑いながら八左ヱ門にそう言うと、彼は一瞬その笑顔を曇らせたあと、まるで取り繕うようにぎこちなく笑った。

「いいっすよ、俺が持って行きます」

そして、そのボッサボサの髪を揺らしてひょいと姿を消した。
後輩の珍しい表情に内心驚いた澄姫だったが、切れ長の目を一度細めると、また木の枝を蹴って、今度は裏々山の方へと向かう。

「…ハチがあんな顔をするなんて…一体何が起こっているのかしら」

可愛いたまごのたまごが必死になって守ってくれているようだが、まるで自分だけが蚊帳の外の状態が少しだけ面白くなくて、彼女は移動しながら小さく舌打ちをした。


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