新たな幕開け

新しい年を迎えて数日後、新学期を控えた生徒たちが続々と登校してくる冬休みの終わり。
鍛錬のために学園に残っていた中在家長次と平澄姫は、学園長の庵に呼ばれていた。

「……失礼…します……」

「学園長先生、お呼びでしょうか?」

「おお、長次に澄姫。早々にすまんが、ちょっと頼まれてはくれんかのぉ」

扉を開けて庵に入ってきた2人に、学園長はぶふぉ、と一つ咳払いをして、彼らを呼んだ理由を話し始める。

「実はの、まーた面倒なことにドクタケが悪巧みをしておるらしい。滅多なことはないと思うのじゃが、ちいと様子を見てきて欲しいんじゃ」

ドクタケ、と聞いて澄姫が苦笑を浮かべる。あの戦好きの城はいつもいつも妙なことを考え付いては、いつもいつも失敗したり妨害されている。
懲りない連中だこと、と内心思いながらも、2人は了承の意を示すためすっと頭を垂れた。

「ふむ、すまんなあ。期間は十日じゃが、その間の住処はここに準備してあるからの」

すっと懐から地図を取り出し、その一部を杖でとんとんと指し示した学園長。わかりました、と頷いた澄姫だったが、先程言われた言葉をしっかりと飲み込んでから、ん?と首を捻った。

「…十日…ですか…?」

彼女の疑問を長次が口にして、思わず目を剥く。しかし学園長は暢気にそうじゃと頷いた。

「状況は日々変わる。特に戦好きのドクタケなら尚のこと注意せねばなるまいて」

「え、あの、それにしてもさすがに長すぎでは…?」

「甘い、甘いぞ澄姫!!忍を目指すものがそんなでどうする!!よいか、夫婦のふりをし、じっくりと情報を集め、確実に調査をしてくるのじゃ!!若い男女が夫婦のふりをして2人っきりでいるからといって、くれぐれも間違いを起こすでないぞ?まして祝言より先に子供ができるなど言語道断じゃ!!ずぇぇぇったいに、間違いを起こすでないぞ!?わかったら、早速出発するのじゃ!!」

愛用の杖をふるって、学園長は大きな声で怒鳴った。それを聞いて、長次と澄姫の頬が赤く染まる。
恥ずかしさのあまり蚊の鳴くような声でわかりました、と呟いて、2人は俯いたまま学園長の庵を後にした。

2人が退出したあと、学園長はふっふっふと意味ありげに笑う。

「……ここまでお膳立てしてやったんじゃ、無関心な中在家長次もさすがに手を出すじゃろうて。ああ、早くまたいろはちゃんに会いたいのう!!」

…勝手気ままな老人は、1人くふくふと勝手に未来を想像して、勝手に盛り上がっていた。




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頓珍漢な老人の戯言はともかくとして、なんともありがた迷惑な忍務を申し付けられてしまった長次と澄姫は、身支度を済ませて正門の前に集まっていた。
そこには見送りのため6年生と、珍しいことにくノ一教室の子達が別々に集まっていた。
羨ましい忍務だなあと笑う小平太と、冷やかす留三郎、怪我だけはしないでよねと相変わらず心配性な伊作、三禁三禁喚きたてる文次郎と、彼を殴って黙らせた仙蔵。暫く会えなくなる友人とわいわいはしゃいでいる。
そんな彼らの傍で、澄姫を取り囲んだくのたまたち。行ってらっしゃい、頑張ってくださいねと心配そうに見送ってくれる可愛い後輩の頭を澄姫が撫でていると、くるくるの髪を靡かせた1人の少女がにんまりと笑って、澄姫の懐に何かを忍ばせた。

「あら、なあに?」

「餞別です。ウチ南蛮の物を取り扱う商売してて、澄姫先輩に似合うかなーと思って」

にんまりと笑う、4年生にしてはちょっとませた後輩。しかしその気遣いが嬉しかった澄姫は、綺麗な笑みを浮かべてありがとう、何かしら、と懐のものを目の前で広げて、絶句した。

「なっ…!!!?」

目の前で風に遊ばれる、とても美しい紫。絹よりも艶やかでもっともっと薄いそれはとても高価なものだとわかる。だが、絶句の理由はほかにある。

「それ、わかりにくいかもしれませんが夜着です。南蛮では“せくしいらんじぇりい”というらしいです。それで中在家先輩だってイチコロですから!!」

ひらひらと揺れるスケスケの布生地…夜着というわりにその役目すら果たせなさそうなそれをきゃあきゃあはしゃぎながらみたくのたまたちは、せーの、と声を揃えて可愛らしい笑顔を浮かべた。

「「「「いろはちゃん、待ってまーす!!」」」」

その無邪気な笑顔に何も言えなくなった澄姫。それをいいことに、くのたまたちは彼女の荷物にひらひらを押し込んで、背中を押した。
気を付けろよー、と手を振る級友たちと、色々な意味を含めて頑張ってくださいねー、と笑うくのたまたちに見送られ、2人は学園を出た。

「…澄姫…顔が、赤いが…」

「ななななんでもないわ!!だだだ大丈夫!!」

「…?」

真っ赤な顔をしてちらちらと長次を見る澄姫。理由はわからないが、何だか恥ずかしそうにしている彼女を見て、長次はかわいいな、とこっそり思った。




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2人の背中が見えなくなって、仙蔵はにんまりと笑う。

「ふむ、この忍務完全に仕組まれているな。喜べ留三郎、いろはができるかもしれんぞ」

「「なにィィィィ!!?」」

片や嬉しそうに、片や怒り心頭と言った具合に、留三郎と文次郎が同じ言葉を叫ぶ。途端にぎゃいぎゃいと言い争いを始めてしまった犬猿を伊作が宥めている傍らで、小平太が珍しく真剣な顔をして空を眺めて

「…なんだか、嫌な予感がする」

そう、小さく呟いた。


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