乗り切れ!桶漕ぎスプラッシュ!

暫く平地を走らされたことにより、綺麗に横一列に並んだ小平太、伊作、長次、澄姫はやっと最後のアトラクションがある川に辿り着いた。

「さあ最後のアトラクションにして最難関、桶漕ぎスプラッシュ!!紅一点の平澄姫選手、女性ゆえの非力さが裏目に出るか!?それぞれ桶に乗り込み、今スタート!!」

いつの間にか対岸のゴールに移動していたらしい後輩たちの声援を聞きながら、4人は激しい流れに逆らいながら桶を漕ぐ。
最初は綺麗に並んでいたが、ばしゃばしゃと力任せに桶を漕ぐ小平太と体格に恵まれた長次が徐々に前に出て行く。

「いけいけどんどーん!!予算は我が体育委員会がいただきだ!!」

わはははは、と高笑いする小平太に、澄姫の怒りが募る。

「負ける、もんですかぁ!!!」

その怒りを糧に、最後の力を振り絞る。一心不乱に桶を漕いで、小平太を追い抜こうとする澄姫。
並んだか、と思ったその瞬間、背後から咳き込む声が聞こえた。
澄姫が肩越しに振り返ると、耳まで真っ赤にした長次が桶に顔を伏せてごほごほと咽ている。

「長次!!どうしたの!?大丈夫!?」

何とか川の底にオールをついて流されないようにはしているものの、何に驚いたのか一向に顔を上げない長次。
恋仲である男のそんな様子に慌てふためく澄姫。
その時、とっても嬉しそうな小平太の声と、勘右衛門の実況が耳に飛び込んだ。

「澄姫!!桃尻が丸見えだ!!」

「桶を必死に漕ぐ平澄姫選手!!先程袴を脱ぎ捨てた所為でギリギリの上着の裾からかぶり付きたいほどおいしそうな桃が覗いています!!後続の選手が羨ましい!!まさに絶景です!!」

その言葉に顔を真っ赤にした澄姫。慌てて体を起こすが、そうするとバランスが崩れてしまう。
小さく舌打ちをして、もうさっさとこんなくだらないレースを終わらせて、予算をぶん取ろうと決心した彼女は、必死に桶を漕いだ。

「…あ、やば、勃っ…うわっ!!!」

そんな彼女の後ろを下心塗れの小平太が追いかけていた。が、目の前で挑発的に揺らめく桃に体の一部が反応してしまい、もぞりと体勢を変えた途端、勢いよくひっくり返りそのまま川に落ちた。

「おおっとー!!?七松小平太選手、桃の誘惑に負けて転覆!!仕方ないと思います!!生理現象です!!どんぶらこっこの大波乱!!ゴールは目前だぁー!!」

ばしゃばしゃと川を泳いで渡り切ろうとしている小平太を横目に、伊作、長次も岸に辿り着く。
白熱のデッドヒート、その先には、もうゴールがある。

「飼育小屋の修繕費!!あと餌代!!」

「………新刊…」

「薬代!!薬代!!薬代!!僕はもう不運委員会委員長じゃないんだ!!」

各々目的を口走りながら必死に走る。途中トイペが投げ込まれたりカメムシの大行進があったり図書カードが飛んできたりしたものの、さすが最上級生。華麗にかわしてゴールへまっしぐら。


と、突然長次が立ち止まり、澄姫の名を呼んだ。
反射的に立ち止まり、振り返る澄姫。
すたこらさっさと先を走る伊作はこの際無視して、長次の作戦が発動した。

「……澄姫…おいで…」

小さく笑って、甘く甘く彼女の名を呼び、ゆっくりと腕を広げる。
並び的に三位確実な長次が、せめて二位に上がれるようにと良心を押し込めて考えた作戦。
無碍にされる可能性もないことはないが、それでもやるだけの価値はある。
その可能性に賭けて勝負に出た長次に向かい、頬を染めた澄姫がふらふらと誘われるように歩いてきた。
生物委員たちが何かを必死に叫んでいるが、彼女の耳には届いていないだろう。そのまままるで誘導するかのように、ゆっくりを円を描いて長次は後ろ向きに歩いていく。その腕の中に飛び込もうとする澄姫をすんでのところでかわしながら、背中からゴールを目指す。

「おおっと!!中在家長次選手見せつけてくれます!!すっかり悩殺された平澄姫選手、周りの声が聞こえていない!!ふらふらと中在家長次選手だけを目指しています!!ああーっと、その間にもうゴールは目前、善法寺伊作選手!!不運委員会委員長の汚名は返上なるのかー!!?」

全生徒が固唾をのんで見守る中、涙を浮かべた伊作が大きく手を上げてゴールのテープを切




ろうとしたその時、突然姿を消した。

「おやまあ、案の定というか何というか。だーいせーいこーう」

ゴールの手前、本当にギリギリのラインに、デッドフォール式罠。いわずもがな、製作者の綾部喜八郎は暢気にVサインをしていた。

「最後まで大波乱ー!!ここで怒涛の追い上げを見せたずぶ濡れの七松小平太選手ゴールイン!!そして中在家長次選手、続いて平澄姫選手と続きましたー!!ということで、三郎、お返ししまーす」

姿を消した伊作にけらけらと笑った勘右衛門がそう言って、しゅたりと木の上から降りてきた。

「はいドーモ。ということで年末緊急予算をかけた“激走必至!!(中略)レース”の優勝は体育委員会、二着が図書委員会、三着が生物委員会、おめでとうございまーす」

わあわあと拍手でざわめくゴール地点で、学園長から予算を預かっていたらしい学級委員長委員会の1年生2人が図書、生物、体育委員会の面々に予算の入った包みを配り、三郎が勝利者インタビューと言って見事優勝を勝ち取った体育委員会委員長七松小平太につくしマイクを向けた。

「おめでとうございます七松先輩、今のお気持ちをどうぞ」

「よっしゃー!!私が世界の理だー!!」

「ですよね。はい、冗談に聞こえない一言ありがとうございました」

後輩たちに囲まれねぎらいの言葉をかけられた三着までの委員長たちは、予算を勝ち取れたことに満足そうだ。
そして、途中で脱落した委員長たちもぞろぞろと姿を現す。
何だかんだでちゃんと正規の予算は貰えたものの、勝負に負けたことが悔しくてたまらない留三郎は憤慨していた…が、落とし穴に落ちている同室の姿を見つけ、大慌てで救出活動に移る。

そんな賑やかしい光景を静観していた文次郎に、喜三太に纏わりつかれた錫高野与四郎がけらけらと楽しそうに笑いながら声を掛けた。

「いんやー、予算会議えれー楽しかったーヨ。火薬委員会には可哀想な事しちまったけんどヨ、またやるなら誘ってくれー」

「まあ、またレースがあるならな…」

そう苦笑しつつも、もうこんな面倒な思いつきは御免被りたい、と心底思った文次郎であった。


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