拝啓皆様

神隠しに遭いやってきた、長次と澄姫の娘いろは。
数多の生徒、教師、そして学園長までもを虜にした幼女が姿を消してから、しばらく覇気の無かった忍術学園も、そろそろ迎える年の瀬に誰もが慌しく動き回っていた。
そんな、雪の降る朝。
授業も一段落し、そろそろ年越しの準備をしなくてはと自室の掃除をしていた澄姫。一息つくため廊下に出て、あらかた片付いた自室を満足そうに眺めて、伸びをひとつ。

「……あら?」

深呼吸をして、ふと見た庭に、何かがひらりと舞い降りた。
どこかから何かが飛んできたのかと思い、ひょいひょいと庭に出てそれを拾い上げる。
手に取ったそれは手紙で、その宛名を見た澄姫は目を見開き、そのまま忍たま長屋へと一目散に駆け出した。


−−−−−−−−−−−−
目的の長屋に着いた彼女は、ある一室の扉を勢いよく開ける。

「長次!!いろはから手紙がきたわ!!」

そして顔を出すと同時にそう叫ぶと、5つの驚いた声が返ってきた。彼女自身も驚くほどテンションが上がっていたようで、想像以上の大きな声が出ていたらしい。両隣の部屋から転がるように飛び出してきた友人たちに、笑顔で先程拾った手紙を掲げて見せる。

「早く!!早く読もう!!」

早く早く、と何度もせがむ小平太。とりあえず廊下は寒いから部屋で読もうと長次に促され、6人は手紙を持った澄姫の背を押し、ろ組の部屋にぞろぞろと入っていった。

−−−−−−−−−−−−
掃除の途中だったらしい部屋は若干散らかっていたが、そんなことは気にせず、澄姫はゆっくりと手紙を開く。

「いい?読むわよ…拝啓、父様、母様、忍術学園の皆様…



この文が、届けば嬉しいです。
その節は、大変お世話になりました。皆様お変わりありませんか?
そちらではどれほどの年月が過ぎたでしょうか。私は今日で十八になりました。でも、あの時のことは昨日の事のように思い出せます。
三歳の私が父様と母様に連れられ、八十翁神社で雷に打たれそうになった後、気が付けば一人で八十翁神社の長い階段前に倒れていました。
全てが夢だったのかと泣きそうになりましたが、母様が作ってくれた巾着が傍に落ちており、夢じゃなかったんだと幼心に嬉しくなりました。
私がそちらでお世話になっていた間、滝兄様たちは血眼になって私を探していたそうです。家に戻った時は物凄い剣幕で叱られました。
体験したこと全てを兄様たちに話したら、驚かれましたが信じてくれたようです。そうですよね、皆様から頂いた贈り物がありますから。
ただ、兄様たちは、学園にいた頃そんな騒動は無かったと話しています。ひょっとして私は私の父様と母様とは違う父様と母様にお世話になってしまったのかもしれませんね。

最初の頃は、あの賑やかな光景を思い出しては泣いて兄様を困らせてしまいましたが、大きくなるにつれ、既に亡くなった筈の父様と母様にどんな形ででももう一度会えたことが、大きな励みになりました。
父様と母様の友人方も、私が寂しくないようにと、今でもよく会いに来てくれます。
私は色々な人に愛されてここまで成長できたのだと、感謝ばかりです。
たくさんの思い出を、愛情を、ありがとうございます。

明日、いろはは祝言を挙げます。

もし叶うことならば、この報告が皆様に伝わるように、久々に八十翁神社を訪れてみました。
どうかこれからもお体に気を付けて、お健やかにお過ごしください。
                       敬具…ですって。」

しっかりとそう読み上げた後、澄姫は大きく息を吸って、愛おしそうにその手紙を見つめた。

「無事でよかったわ…元気に育って、もう十八ですって。年上になっちゃったわね…」

何だか感慨深いわ…そう呟いたものの、返事は返ってこない。
感極まって泣いているのかと思い友人たちを見回してみると、何故かぶるぶると震えていた。心なしか、隣に座っている長次も少し笑っているような気がする。

「みんな、どうかしたの…?」

眉を潜めて問い掛けてみると、突然がばりと留三郎が立ち上がり、大きな声で叫んだ。

「ゆっ、許さーーーん!!どこの馬の骨がうちのいろはを浚っていくんだー!!」

それに連動するかのように、そうだそうだと怒りの声が上がる。
そんな怒り狂う友人たちを『往生際が悪い』と平手打ちで黙らせた澄姫は、いろはからの手紙を学園長先生にも見せに行った。
大層喜んだ学園長はその手紙を食堂前に張り出し、それを目にした生徒や教師は、驚きつつも良かった良かったとにこにこしていた。





……なにやらそわそわと挙動不審な約一名を除いて。


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