福徳円満

放課後。委員会活動がないため長次がいろはに本を読んでやり、その傍らで澄姫が縫い物をしていると、ひょこりと群青が顔を覗かせた。

「おほー、ここにいた!!ちょっとお邪魔してもいいですか?」

ぼさぼさの髪を揺らしてそう伺いを立ててくる八左ヱ門に気が付いた澄姫が笑顔で構わないわよ、と返すと、ぞろぞろと食堂に入ってくる5つの群青。
本当に仲がいいわね、と思いながらそれを眺めていると、5年生に気が付いたいろはが長次の膝から飛び降り、とっとこと駆け寄り、ひとつの群青にしがみついた。

「はっちゃん、あーそーぼ!!」

満面の笑みでそう言ったいろはに、澄姫が思い切り噴き出して笑う。
それもそのはず。いつの間にか“はっちゃん”という愛称は、後輩である八左ヱ門から鉢屋三郎へと移動したらしい。
その愛らしい笑顔に古傷を抉られた八左ヱ門はがっくりと頭を垂れ、両肩を兵助と勘右衛門に叩かれていた。
そんな場面をいつもの穏やかな笑顔で見た雷蔵が長次に何か告げ、彼は(大変わかりにくいが)嬉しそうに食堂を出て行った。

「新刊でも入ったの?」

「そうなんです。中在家先輩がずっと楽しみにしていたので、連絡を…だから、代わりにならないかもしれませんが、僕たちがいろはちゃんの面倒を見ようかって思って」

「そうなの。ありがとう、助かるわ」

にこにこと人好きのする笑顔でそう言った雷蔵に笑顔で答え、また縫い物に視線を落とす澄姫。
そんな彼女の仕草を見て小さく笑った雷蔵がくるりと振り返り、にこにこと三郎に纏わりついているいろはと視線を合わせるためにしゃがむ。
三郎とまったく同じ顔で、優しい笑顔を浮かべる雷蔵にいろはは嬉しくなったのかしがみつき、ぐいぐいと袖を引く。

「らいにぃにぃ、あそぼ!!」

「うん。何して遊ぼうか?お外行く?」

「いくー!!えとね、えとね、はち!!はちおはなのかんむりちゅくって!!」

「おほー、かしこまりましたー…」

「あはは!!じゃあ皆で裏山の野原にでも行こうか」

そう笑って、いろはを抱いて立ち上がった雷蔵。どうやら話は纏まったらしく、仲良く揃って澄姫に手を振り、食堂を出て行った。

にこにことその様子を眺めていた澄姫がさて続きを、と思い手元に視線を落とすと、くすくすという笑い声と共にことりとお茶が置かれる。

「あら、ありがとうございます」

「うふふ、いろはちゃん、皆に構ってもらえて楽しそうねぇ」

「ええ。毎日体力の限界まで遊んでもらっているので、夜なんかぐっすりです」

「あははは、そりゃいいことだわ」

楽しそうに笑った食堂のおばちゃんが、自分の湯飲みを持って澄姫の隣に腰掛ける。
そして、ふと、遠くを見るような目をして、小さく小さく、寂しくなっちゃうわね、と呟いた。
その呟きにそっと目を伏せ、彼女は小声で同意した。

「…あたしも腕によりをかけて、お子様ランチ作らなくっちゃねえ!!」

「あはは!!いろはおばちゃんのご飯大好きだから、きっと飛び上がるほど喜ぶわ」

「あらっ、なら余計に頑張らなくちゃあね!!あっはははは!!」

そんな会話をしながら、ゆっくりゆっくり時間が過ぎて、日が西に傾きかけた頃、小さな頭に色とりどりの花で作られた冠を乗せたいろはが勘右衛門に抱かれて帰ってきた。
5年生はそれぞれ腕や首や頭などに、いろはと同じ花をいくつかくっつけている。

「かーしゃまー!!ただいま!!みてみて!!はちがねー、いっぱいちゅくってくれた!!」

「あら可愛い。良かったわねぇ!!」

「でねー、うふふー、これはねー、かあさまにあげう!!」

小さな、泥の付いた手で差し出されたのは、一輪の綺麗な赤い花。
澄姫はそれをそっと受け取り、髪に飾る。
かあさま、きれいねと笑顔で言われ、嬉しさが振り切れてしまった彼女はぎゅうといろはを抱き締め、ありがとう、と笑った。




その後、いろはは5年生に協力してもらって摘んできた花を学園の皆に配り歩いた。
小さな小さな花キューピットの贈り物に、誰もが顔を綻ばせて喜んでいた。


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