同甘共苦
4年生からいろはを引き取り、その足で学園長の庵へ向かった長次と澄姫は、いろはとヘムヘムが遊んでいるうちに、手早く報告を済ませた。
最初は留三郎と同じように大反対していた学園長も、いろはの身に何かが起こることを危惧したのだろう、最後は渋々、本当に渋々、溜息と共に小さく頷いた。
次の休みの日、いろはは、ここからいなくなるかも知れない。
まだ確定ではないものの、2人の胸にはそのことがとても重く圧し掛かった。
しかしそれを決して顔には出さず、普段通りに接すると、寂しい思いをしないようにたくさんたくさん愛してやると、心に決めたのだ。
「いろは、そろそろ晩御飯の時間よ」
「はぁーい!!わんちゃ、がくえーちょせんせ、ばいばーい!!」
澄姫の呼びかけに元気よく手を上げて、遊んでもらったヘムヘムと学園長にぶんぶんと小さな手を振る。
長次と澄姫に挟まれ手を繋ぎながら去っていく小さな小さな背中を見送った学園長は、3人の姿が見えなくなると蹲って泣き出した。
「可愛い孫が…わしの可愛い可愛い孫がっ、遠くへ行ってしまうぅぅ〜〜〜!!」
咽び泣くただの孫ボケ老人の背を、ヘムヘムが悲しそうにそっと撫でた。
「ねえいろは、明日から皆にお礼を言いに行きましょうか」
食堂までの道、澄姫が長次に抱かれたいろはに優しく微笑みながらそう言った。こてりと首を傾げたいろはに、彼女はだって、と続ける。
「いろはが風邪を引いていたとき、たくさんお見舞いを貰ったでしょう?元気になりましたって、お顔見せに行かなくちゃ」
でしょ?と綺麗に笑った彼女に、いろはは嬉しそうに大きく頷いた。
「いっちゃんいく!!みんなにあーとぅする!!あしょぶー!!」
「そうね、いっぱい遊んでもらいなさいな」
ぶんぶんと腕を振り、喜びを表現するいろはを、2人は暖かな眼差しで愛おしそうに見つめた。
「長次、澄姫、こっちだよ」
食堂に着くと、奥から伊作が声を掛けてきた。もう席の準備はしてあるようで、小さなお子様ランチを持った小平太がうきうきそわそわと待っている。
それを見つけたいろはがばたばたと暴れるので、床に降ろしてやると、一目散に小平太に駆け寄り飛びついた。
「こへちゃーん!!」
「おー!!待ってたぞいろは!!すっかり元気になったなー!!」
「うん!!いっちゃんげんきなった!!ごはんたべうー!!」
「おう!!私も腹が減った!!長次、澄姫、急げ!!」
飛びついてきたいろはを抱えながら、元気いっぱいに手を上げる小平太。いろはがいなくなるかもしれないということを知りながらも尚普段通りに接してくれる友人たちに感謝しながら、長次と澄姫は顔を見合わせ微笑み、食事を受け取り彼らが待つ席へと向かった。
元気よくいただきますと手を合わせ、楽しい夕食の時間が始まる。
「こえ、いっちゃんのかああげ!!こっちは、ちゃまご!!」
「これは私のから揚げ!!卵焼きはないが、煮っ転がしならあるぞ!!」
きゃいきゃいと楽しそうにご飯を食べるいろはの面倒を見ながら、小平太は大盛りのご飯をかっ込む。そんな光景を見た仙蔵は必死に笑いを堪え、隣の文次郎が呆れたようにここは幼稚園かと呟く。
文次郎の一言がツボにでも入ったのか伊作が味噌汁を噴き出し、慌てた留三郎がそれを拭う。
もう見慣れた光景だが、いろはがいるだけで何だか雰囲気が明るい。普段はつんけんした仙蔵も、無愛想な文次郎も、笑顔が増えた。
「凄い影響力よね、いろはって」
それらを眺めながら澄姫が呟くと、甲斐甲斐しく伊作の口元を拭っていた留三郎が口角を吊り上げ、だな、と同意する。
「やっぱり子供はアレだな、いるだけで癒されるよな」
「ちょっと誰か、ここに危険人物がいるんだけれど」
「だからそういうんじゃねぇっつーの!!」
留三郎の怒鳴り声と、大きな笑い声が夕暮れの食堂に響いた。
[ 135/253 ][*prev] [next#]