一大決心

次の日。すっかり体調の良くなったいろはを4年生に預け、澄姫を含めた6年生は全員医務室に集まり、ぐるりと輪になって座っていた。
昨日聞いた話を全員に伝え終えた伊作は、どう思う?と神妙な顔で誰ともなしに問い掛ける。
すると、6年生の中で一番頭の回転が速い仙蔵が大きな溜息を吐いた。

「3歳児の頭で考えた嘘にしては巧妙過ぎるし、話が通り過ぎているな…」

「ということはやっぱり、いろはちゃんは本当に神隠しに遭ったってこと?」

「最初の頃にも話したが、それが一番筋が通る。伊作もそう思うんだろう?」

ぴ、っと指を差され、伊作は黙り込んだ。にわかには信じられないが、神隠しに遭ってここにやってきた、というのが今のところ一番有力な説だ。
可愛さ故にうやむやにしてきたが、いい加減真剣に考えなければいけない時が来た、ということなのだろう。
しかしそれにしても、我が子を残して他界するなんて未来を聞かされてショックだろうなあと思い伊作が長次と澄姫を見やると、2人はなにやら首を傾げて考え事の最中のようだった。

「神様、神様ねぇ…何かが引っかかるような…何だったかしら…?」

「…神隠し…神様………神社…?」

頭を抱えてうんうんと唸る澄姫が、長次の言葉にはっとしたようにばしりと床を叩く。

「思い出したわ!!私の実家の傍の山に、神隠しで有名な神社がある!!」

「ふん、これで筋が通っちまったな…」

「ふ、2人共…自分たちが死ぬって言うことにショックはないの…?」

彼女の言葉に鼻を鳴らしながら不満そうに呟いた文次郎。それを見ていた伊作が、意外と平然としている長次と澄姫に問い掛けると、2人は顔を見合わせて、コクリと頷いた。

「…仮にも忍を目指す以上…覚悟はある…」

「それに“立派にいろはを守って”死んだならいいわ。あの子の成長が見れないのは残念だけれど、あの子が死ぬよりマシでしょう?」

「な、なんか凄いかっこいい…」

2人の自信に溢れる発言に飲まれて衝撃を受けている伊作だが、そんな彼を突き飛ばすように小平太が身を乗り出し、こてりと首を傾げて口を開いた。

「でもどうするんだ?今の話を聞く限り澄姫の実家近くの神社に行けばいいのか?」

「え?何であの神社に行くって言う話になるのよ?」

「だって、もしいろはがその神社でお願いして神隠しに遭ったなら、その神社でもう一回お願いすれば帰れるかもしれないだろ?」

小平太のその言葉に、全員がハッとする。確かに一理ある。確信はないにしろ、試す価値くらいあるだろう。
しかしその瞬間、ばん、と床を叩く音がした。

「俺は反対だ!!」

そう発言したのは、今までだんまりを決め込んでいた留三郎。
明らかに不機嫌そうに眉を顰めて、もう一度反対だ、と小さく呟く。

「え?なんで?」

「何でじゃねーよ小平太、よく考えてみろ。例えばいろはが元来た未来とやらに帰れたとするぞ?でもそこに何がある?両親がいないっつー絶望だけじゃねーか。短い間とはいえ長次と澄姫に会えたのに、また引き離すつもりか?それでどうなる?向こうで絶対に泣くに決まってるじゃねーか。だったらこれからもずっとこっちにいたほうがいいに決まってる!!そのほうがいろはだって幸せだろ!?」

「なんで?」

「なんでって…だからな、死に別れた両親を思って泣き暮れて育つより、両親のいるこっちで」

「じゃあ滝夜叉丸はどうなるんだ?」

力説する留三郎に、小平太が静かに問い掛ける。その瞳は穏やかで、澄んでいて、留三郎は思わず言葉を飲み込んだ。

「いろはの面倒を2人の代わりに見続けた滝夜叉丸はどうなる?突然姪っ子がいなくなったとあれば、あれはかなり憔悴するぞ?それに、未来の私たちだって、友人の忘れ形見が突然いなくなったとあれば、誰が止めても全力で探すと思わんか?」

「そ、れは…」

小平太の問い掛けにしどろもどろになってしまった留三郎。そんな彼を見て、小平太を宥めつつ仙蔵も口を開いた。

「それに、弊害が恐ろしいぞ。今はなんともないかもしれんが、そんな現象で現れたいろはに今後何かの障害が出ないとも限らん。その時になって“あの時ああしていれば”と泣き叫んでも済まんのだ。そんな危険な爆弾を、あの子に背負わせるつもりか?」

その言葉を聞いてすっかり黙ってしまった留三郎。そんな彼の背中を優しく叩いたのは、長次だった。

「…ありがとう…」

「長次…いや、俺は…」

「…留三郎なりに…真剣に、あの子の幸せを…考えてくれたのだろう?」

誰よりいろはを可愛がっている留三郎だからこそ、あの子をもう一度両親のいない世界に帰すのは可哀想だと、そう思っての発言だったのだろうということは、6年間共に学んだ誰もが知っている。
だからこそ、普段は熱しやすい小平太も、あんなに穏やかに問い質す事が出来たのだ。

「結論は出たわね。嫌がっても、あの子を元の場所へ帰してあげましょう」

「澄姫、お前、それでいいのか?」

「文次郎、いいも何も、元通りになるだけじゃない。あの子は私と長次の娘。それが真実ならまた会える。ただそれだけよ」

凛とした彼女の言葉に、まるで気遣うような文次郎の呟き。しかしそれも気丈に頷き返し、普段の自信たっぷりな笑みを浮かべて、澄姫は楽しそうに続けた。

「それにね、貴方達が思うほどいろはは弱くないわ。今はまだ小さいから無理かもしれないけれど、いつか悲しみを乗り越えて、強く、立派になる。だって当然でしょ?私の娘なんだから」

その言葉に、6年生たちは全員顔を見合わせて苦笑した。
そして後日日を改めて、いろはを澄姫実家の傍の山にあるという神隠し神社、『八十翁神社』へ連れて行こう、ということになり、7人は解散した。






4年生に預けているいろはを迎えに行くため長次と澄姫が廊下を歩いていると、ぽつりと長次が呟いた。

「……偉い…」

その声の温かみに、澄姫は一瞬目を見開いて、次の瞬間彼女の瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れて零れた。

「…いやだ、お見通しってこと?長次ったら意地悪ね…っ」

震える声でそう言うと、彼女は長次の腕にしがみついた。

「………嫌よ。本当は嫌。あの子を手放したくなんてない。元の場所に帰して悲しい思いをさせたくない。……でも、それであの子にもしも何か起こったら、私は私を殺したくなる…何が正しいかなんてわからない、わからないけれど、私は…っ!!」

悲痛な声で訴える澄姫の背をそっと摩り、長次はゆっくりと彼女の手を握る。

「……私にも、何が正しいかはわからない…しかし、いろはにとっても、いろはの周りの人間にとっても、あの子は元の場所に戻るべきだと、私も思う…だから、せめて、その時までは…精一杯、愛してやろう…帰っても、いろはが寂しくないように」

そう囁いて、彼女の涙を親指で拭ってやり、こつんと額をあわせた。

「……そうね、たくさん思い出を作ってあげましょう。ちょっと若いけれど、私たちはあの子の父様と母様ですものね」

2人で微笑みあい、いろはを迎えに行くため再度廊下を歩き出す。




そんな2人の背後の曲がり角で、仙蔵、文次郎、小平太、留三郎、伊作が鼻を啜りながら目頭を押さえていた。

(……ぐすっ…)

(畜生…立派に両親ぶりやがって…っ)

(私、感動した…っ…)

(そーだよな、一番辛いのは、あの2人だもんなぁ…っ)

(あーだばうおうおうーっずびー!!)

(((((伊作うるさい)))))


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