誘惑〜賄賂〜

澄姫は授業中ずっと考えていた。

天女に唆されたのは4年の斉藤タカ丸、綾部喜八郎、滝夜叉丸、5年の不破雷蔵、鉢屋三郎、尾浜勘右衛門、久々知兵助、6年の潮江文次郎、食満留三郎、善法寺伊作、そして、中在家長次。


(この中で一番手間がかからないのはタカ丸と勘右衛門ね)

先生の話をぼんやりと聞き流しながら、澄姫は計画を立てていく。

(思ったより簡単そうね。まぁこの私にかかればこんなこと赤子の手を捻るようなものだわ)

不敵な笑みを浮かべ、頭の中で策略をめぐらせる澄姫は、授業が終わったらすぐさま4年は組の教室へと向かった。


ざわめきが聞こえる4年は組の教室を廊下から覗くと、一際目立つ大きな体の金髪が、いそいそとどこかへ向かおうとしていた。
澄姫は申し訳なさそうな表情を浮かべ、その金髪に声をかけた。

「タカ丸くん」

その声にくるりと振り返り、友人の姉の姿を捉えたタカ丸はほにゃんとした笑みを浮かべ澄姫の元へと駆けてきた。

「滝くんのお姉ちゃん、どうしたの?」

天女の元へと行くつもりだったタカ丸は、少しだけ困ったような顔で澄姫にそう問いかけた。
無論そんなことなどお見通しの澄姫は尚更申し訳なさそうな顔を顔に貼り付ける。

「何か急いでたかしら?忙しいのにごめんなさいね」

仮にも先輩にそう言われてしまうと、お人好しのタカ丸は大丈夫だよとしか言えず、さっさと用件を聞こうと続きを促した。

「ちょっと食堂にね…僕に何か用?」

「うん、最近髪が伸びてきてね…良かったら」

そこまで喋ると、困っていたはずのタカ丸の瞳がぱぁぁっと輝いた。
そんなあからさまな表情の変化を澄姫が見逃すはずもなく、内心ほくそ笑みながらとどめとばかりに顔の前で手を合わせる。

「タカ丸くん、切ってくれないかしら」

「いいの!?」

少々食い気味なタカ丸の返答に澄姫は笑顔で頷き、ぜひ、と続けた。
こうして自らの美髪を餌に、タカ丸をまんまとおびき出すことに成功した。


「わー!!わー!!やっぱり滝くんのお姉ちゃんはすっごい髪がきれいだねー!!」

「そうでしょう?これでもかなり気を使っているもの」

「忍務とかあると痛んだりするもんねー」

「そうなのよ、でもそこは忍術学園一の美貌を誇るこの私。形成する髪を蔑ろにはしないわ」

「あはは、さすが滝くんのお姉ちゃん。その努力あって立花くんより綺麗な髪だよ」
さらりと絹糸のように指通りの良い澄姫の髪を遊ばせ、タカ丸はうっとりとした顔で長さを整えていく。
そして、切り終えた髪を紫色の髪紐で結び終える頃、すっかり天女のことは頭から抜け落ちている様子だった。

「ありがとう、助かったわ。またお願いしてもいいかしら?」

「勿論!!是非また結わせてね!!いつでも待ってるから!!」

そう満足げに笑い、食堂ではなく4年長屋へと戻っていくタカ丸の背中を見送り、澄姫は隠しもせずニヤリと笑って、その足で学園長の庵へと向かっていった。





−−−−−−−−−−

小振りな包みを胸に抱き、澄姫は食堂へと向かっていた。


するともう少しで食堂というところで、なんとも都合のいいことに正面から勘右衛門が紙の束を抱えて歩いてきた。
彼は学級委員なので、大方先生から頼まれごとでもされたのだろう。
重そうな紙の束だが、さすがは男の子。ふらつくことなく運んでいる。
澄姫はしめしめといった顔を引き締め、あくまで偶然といった感じで勘右衛門に声を掛けた。

「あら?勘右衛門」

「あ、澄姫先輩。こんにちは」

独特の髪を揺らして、くりくりした瞳で澄姫に笑いかける勘右衛門。

「学級委員長のお仕事?大変ね」

それ、と紙の束を指差し気遣わしげに笑うと、勘右衛門も苦笑いを浮かべた。

「そうなんですよ、丁度木下先生に捕まっちゃって…」

ついてないなぁ、とぼやく勘右衛門に、澄姫は抱えていた包みを少しだけ思案するように見てから、それを投げた。
そして、直後彼の抱えていた紙の束を奪い取る。


いきなりの彼女の行動に驚きながら空いた手で包みを見事キャッチすると、勘右衛門は目を白黒させ澄姫を見た。

「澄姫先輩!?」

「それ、あげるわ。ご褒美よ」

蟲惑的な笑みを浮かべ、澄姫はくるりと踵を返す。

「これは私が職員室に持っていくから、それ食べてゆっくりしなさい」

そう言って職員室に向かって歩き出すと、背中から勘右衛門の驚愕した声が聞こえた。

「食べてって…あ!!これ卯月堂の限定葛餅幻の白餡じゃないですか!!」

「うふふ、誰にも言っちゃダメよ?」

飛び上がらん勢いで感謝の言葉を叫ぶ勘右衛門を背に、澄姫は笑いを堪えて釘を刺す。



そう、内緒。その菓子は先程澄姫が学園長の庵からこっそり拝借してきたもの。
勿論証拠は残してないし、学園長も隠していたものだから、なくなったところで誰を責めることも出来ない。勘右衛門が黙って食べてしまえば完璧だ。

(今度町へ出たら、学園長先生にお土産買って来なきゃ)



そんなことを思いながら紙の束を運び終えた澄姫が夕食時に食堂へ行くと、相変わらず天女の周りは鬱陶しいもののその輪の中にタカ丸と勘右衛門の姿は見えなかった。
そしてその後食堂に入ってきた彼らは、澄姫の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきたのだった。



そんな今まで通りの彼らを見る限り、どうやら天女の幻術は簡単に解ける様だ。
大方強いショックやより魅惑的なものを与えれば上書きされる、その程度のものなのだろう。
さすが優秀な私、頭脳明晰すぎて怖いくらいだわ、と澄姫は自己陶酔しながらも、機嫌よく彼らに笑顔を向けるのだった。



(滝くんのお姉ちゃーん、良かったらお風呂のあと髪の手入れさせてー)

(澄姫先輩!!さっきは本当にありがとうございました!!)

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