相談窓口

僕の友人たちは、とても個性的で楽しい奴らばかりだ。
だけど、それがたまに困った、と思うこともある。
文次郎と留三郎は毎日毎日殴りあいの喧嘩ばかりでただでさえ貴重な傷薬がどんどん減っていっちゃうし(そのくせ会計委員会委員長の文次郎は経費削減とか言って予算をくれないんだ)、仙蔵と小平太は後輩に怪我させた上で自分もぼろぼろになって医務室にやってくるし、でも、そんな中で一番医務室に関係なさそうな残りの2人はね、正直一番、色んな意味で困った奴らなんだ。
ほら、その“色んな意味で困った奴”が、僕の城へとやってきたよ。

「ちょっと聞いてよ伊作!!」

「はいはい、医務室では静かにね」

そう促したのに、大きな音を立てて扉を閉める。幸い今は誰もいないけれど、もし怪我人や病人がいたらどうするつもりなんだろうか。
そんなことを考えながら、僕はやってきた友人に座布団を勧め、お茶を出しながらとりあえず落ち着くようにと言い聞かせた。

「長次ったら酷いのよ!!」

「あはは、また喧嘩したの?」

「笑い事じゃないわよ!!」

色んな意味で困った奴の片割れ、珍しいくノ一教室の6年生、平澄姫が歯を剥いて僕に怒鳴る。ほんと、君は黙っていれば綺麗なぶん、怒ると怖いよね。

「今日はどうしたの?逢引すっぽかされたの?記念日でも忘れられたの?それとも浮気でもされた?」

僕の目の前で怒り狂う彼女に、怒りの原因を聞いてみる。色んな意味で困った彼女の恋仲、片割れの中在家長次のことで愚痴やら八つ当たりやらの相談を日夜受けている僕は、もう慣れたもんだと昨夜から続けている薬草の調合をしながら話半分で問い掛けた。
普段は、これで澄姫が怒りをぶちまけてすっきりして元通り、というのがセオリーなんだけれど、どうやら今日はそうではなかったようだ。
突然黙りこくってしまった彼女に違和感を覚えて視線を向けると、なんとぼろぼろと泣いているではないか。

「ちょ、っと!!一体何があったの!?」

気丈な彼女が涙を零す姿を見て、僕は驚いて調合中の薬品をひっくり返してしまった。

「私、長次に嫌われているのかしら…?」

さっきとはうってかわって悲しそうに呟いた彼女の腕をよくよく見れば、なんとそこには明らかに友人の得意武器でついた切傷があった。

「怪我してるじゃないか!!一体何をしたの!?」

「わ、からないの…図書室に行ったら、突然…」

先程まで怒っていたくせに緊張の糸でも切れたのか、突然ひっくひっくとしゃくりあげ始めた澄姫の傷を丁寧に消毒しながら、混乱した頭で何があったのかを問い掛ける。しかし彼女は泣きながらわからない、嫌われたと繰り返し呟くだけで、状況がまったく理解できない。

「私、何か彼を怒らせるようなことを言ってしまったのかしら?それとも、気付かないうちに酷いことでもしてしまったのかしら?ただでさえ一方的な好意なのに、長次に嫌われたら私、私…」

そう言ってとうとう顔を覆ってしくしくと泣き始めた澄姫。
長次が何もないのに彼女にこんな傷をつけるはずがない。嫌うだなんて、そんな、絶対にありえない!!だって、僕は、僕だけは、知っている。

「澄姫、ありえないよ、何かの間違いだ!!長次が君にこんな怪我をさせる筈ない!!嫌うだなんてとんでもない!!だって長次は、君のことが本当に本当に好きなんだよ!?」

力いっぱいそう叫ぶと、澄姫は零れる涙をそのままに顔を上げて、何を根拠にそんな慰めを、と悲しそうな声で呟いた。
その言葉に僕は大きく首を振り、慰めなんかじゃない、と彼女の肩を掴んで言い放った。

「だって長次は心底君を大切に想っているよ!!顔にこそ出さないけれど、澄姫が必死にアタックを続けていたころ、真剣に悩んで『遊ばれているのか本気なのかわからないのに、自分のほうが先に彼女を好きになってしまった』とか何度も何度も相談にきたし、図書室でちょっと騒いでしまった澄姫を怒った時も、後から嫌われたらどうしようって落ち込んでいたし、恋仲になったその日の夜なんかもうすっごく嬉しそうに報告してくれて、こっそりガッツポーズしてたし、澄姫は知らないだろうけどそれ以降君宛の恋文は全部長次が処分してるし、君が実習の夜なんか怪我してないか、変な虫が寄ってきてないか心配で毎回眠れないんだ!!澄姫の実家に挨拶に行く前日なんてね、もう感極まっちゃっt」

「……やめて、くれ」

ヒートアップして若干引き気味の澄姫に対して大きな声でどれだけ長次が澄姫を大切に想っているか、どれだけ好きなのかを大きな声で力説していたら、医務室の出入り口から小さな声が聞こえた。
視線を向けると、そこには耳まで真っ赤にした長次が恥ずかしそうに俯きながら立っており、僕と澄姫は目をまん丸に見開いて彼の名前を呟いた。

「……ばらす、な…」

「あ、ごめん、つい熱くなっちゃって…」

静かにそう窘められたが、僕の口から出た言葉はもう既に澄姫の耳に届いてしまっている。
彼女は驚きながら、信じられない、という表情で、恐る恐る長次に、本当なの?と問い掛けた。
その言葉でますます真っ赤になった長次。しかし彼はしっかりと頷いて肯定を示し、小さな声ですまなかった、と謝罪した。

「さっきはその…澄姫の後ろに文次郎がいて…遅延の件もあって…つい…」

言い難そうにもごもごと、彼女に向かって武器を投げた理由を告げる。
すると、あきらかにホッとしたような顔で嬉しそうな感情をそのままに長次に跳び付く澄姫。

そうして医務室を何事もなかったかのように仲睦まじく寄り添って去っていく彼らを見送って、僕は眉を下げて笑うしかない。

「まったくもう、毎回毎回、夫婦喧嘩はよそでやってくれよ」

でもきっと僕はこれからもずっと、2人の相談を聞き続けるんだろうな。
秋晴れの、暖かい日のことだった。

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書き終わって気づいたんですけれど、これってちゃんとリクエストに添えてますか?……ともあれ
みすず様、リクエストありがとうございました



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