類似点

それは秋休みも半ばのこと。短い休みなので学園に残る生徒もいるが、家のお手伝いで実家に帰る子も多い。

「……付き合わせてすまない、澄姫…」

賑わう町を歩きながら、長次が消え入りそうな声で呟いた。

「気にしないで。私、長次と出掛けられて嬉しいわ」

そんな彼の言葉に、ニコニコしながら澄姫が首を振る。
秋晴れの今日、2人はそっと手を繋いで町に来ていた。
しかしそれはもともと約束していた逢瀬、という訳ではない。
図書委員会の委員長である長次が新刊購入の予約をしていたのだが、荷物持ちとして同伴する予定だった5年生の不破雷蔵が、急な用事で来られなくなってしまったのだ。他の図書委員を当たった長次だったが、人数も多いほうではない図書委員会の面々はそれぞれ家の手伝いや学費を稼ぐアルバイトなどで都合がつかず、そこにタイミング良く(?)現れた彼女に理由を話したところ、それなら私が一緒に行くわと申し出てくれたのだ。
彼としても恋仲と出掛けられるのは喜ばしいこと。
だがまるで誰かの代打のようになってしまった彼女に、せめて嫌な思いだけはさせないようにと内心色々考えながら、長次は今日を迎えた。
幸い購入した本はそう多くなく、彼1人で持つことが出来た。
そして、時間も余ったので澄姫に町を散策してから帰ろうと持ちかけたところ、彼女はとても嬉しそうに頷いて、はにかみながら長次にそっと寄り添った。
そんな可愛らしい彼女の手を握り、ふらふらと町を歩く。
すれ違う人々の視線が少しだけ気になるが、それでも長次は楽しい。

「あ、丁度いいわ。ねえ、お昼にしましょう?」

そんなことを考えていた長次の耳に、鈴を転がすような可憐な声が飛び込む。
ふと視線を動かすと、そこには一軒のうどん屋があった。
少し混み合っているが、長次は小さく頷き彼女の手を引いて暖簾をくぐる。
元気な女将に案内されるまま壁際の席に腰を下ろし、注文を済ませ上機嫌な彼女と次はどこに行こうか話していると、女将が申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「ごめんなさいお客さん、相席お願いしてもいいかねぇ?」

その言葉で長次が店内を見回すと、確かに混み合っていて、空席は見当たらない。伺うようにじっと長次を見ている澄姫に自分は構わないと視線で告げると、彼女はにっこり笑って荷物を纏め、彼の隣に移動した。

「私たちは構いませんよ、どうぞ」

「ごめんねぇ、ありがとう!!ちょっとサービスしとくわね」

女将は眉を下げた後、麗らかに笑って、お客さんこっち座ってちょうだいなと出入り口に向かって声を掛ける。
暫くして席に腰を下ろしたのは、一組の老夫婦だった。

「すみませんねぇ、お邪魔します」

「いいえ、お気になさらず」

そう笑顔で頭を下げた澄姫を見て、老婦人は顔を綻ばせた。

「あらま、すごい美人さんだこと。お隣は旦那様かしら?」

その一言で、長次は啜ったお茶を危うく吹き出しそうになる。ご婦人の話は突拍子もないなと何とか茶を飲み下し、ちらりと視線を澄姫に向けた。
てっきり自分と同じように焦っていると思ったがしかし、彼女は相変わらずニコニコと笑みを浮かべて、あろうことか嬉しそうに頷いた。

「そうなんです、つい最近夫婦になったばかりですが」

「あらあら、新婚さんなの!!いいわねぇ」

突然の嘘に呆然としてしまった長次だが、やはり表情には出ていなかったようで老婦人に、こんな美人のお嫁さんを貰って幸せねぇ、と言われ、小さく頷くしかできなかった。
そんなこんなで女性2人が盛り上がっていると、女将さんが元気よく注文の品を運んできた。お盆にはどんぶりが四つ。どうやら相席の老夫婦の注文の品も出来上がったようだ。
目の前に置かれる様子を黙って見ていた長次だが、冷めないうちにいただきましょうかと彼女に促され、手を合わせて小さくいただきます、と呟く。
注文したものよりもたくさんの具が載せられているどんぶりを見ながらうどんを啜っていると、ずっと黙っていた正面の老人が、ん、と短く呟いた。
何かあったのだろうかと視線を上げるのと、老婦人がはいはいと返事をして彼に一味の入った壷を渡すのが、ほぼ同時。
うどんを咀嚼しながら長次がそれを見ていると、続いてまた老人が短く呟く。
すると、老婦人が同じように返事をして、彼の湯飲みにお茶を注ぐ。

内心凄いなと思いながら黙っていたら、隣の彼女も同じことを思っていたようで、小さく凄いですね、と呟いた。

「あらいやだ、ごめんなさいね。うちの人ったら本当無口で」

「でも凄いですね、ご主人の欲しい物、わかるなんて」

「うふふ、この人昔から寡黙でねぇ。一緒にいるうちに気付けば何でもわかるようになっちゃったの」

「そうなんですか…ふふふ、仲がよろしいんですね。羨ましいわ」

「そりゃ好き合って夫婦になったんですもの。あなたたちだって、きっとそうなるわ」

くすくすと嬉しそうに、心底幸せそうに笑った老婦人。
すると今まで黙っていた老人がぱちりと箸を置いて、もう行くぞと小さく呟いた。
あらいやだもうちょっとゆっくりしましょうよとごねる老婦人をまるで引き摺るようにして、老夫婦は会計を済ませて慌しく店を出て行った。
そんな彼らをぼんやりと見送りながら長次が箸を置くと、澄姫も同じように食べ終わったらしく、くすくすと笑いながら箸を置き呟いた。

「ご主人、怒ってた風を装っていたけれど、耳が真っ赤だったわね」

「……照れくさ、かったのだろう…」

「そうね。ねえ長次」

「……なんだ…?」

「私たちも、あんな夫婦になりましょうね」

仄かに頬を染めてそう笑った澄姫。その声は隣の席にも届いてしまったようで、野次馬に指笛を吹かれてしまった。
居た堪れなくなった長次は少しだけ乱暴に彼女の腕を引っ掴み、素早く会計を済ませて店を飛び出す。
そんな彼の耳は、先程の老人と同じく真っ赤だった。


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たまに見掛ける手を繋いで歩く老夫婦にきゅんとします。
誠様、リクエストありがとうございました



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