魔女の秘密

生まれついての美貌、誰もが羨む知性、体格上若干威力は劣るがそこらの男になら引けを取らない腕っ節…全てを兼ね備え、完璧、を体現するのがこの私。
忍術学園くノ一教室唯一の6年生、平澄姫。
成績優秀眉目秀麗文武両道…褒めればきりがない私だけれど、実は、まだ誰にもばれていない欠点が、ひとつだけ、あったりする。




「…そこで、その男の消息はぷつりと途切れ、以後誰も、彼を見かけることはなかった…」

夏の夜特有の生暖かい風が吹き込む忍たま6年長屋に、私の親友とも悪友とも呼べる男、立花仙蔵の声が静かに響く。

「そ、それって…つまり…うわわわ怖い!!考えるの止めた!!」

ぐるりと輪を描いて座っていたが、仙蔵の話が終わって少しの沈黙の後、善法寺伊作が自分の身体を抱き締めるようにして身を震わせ、そう呟いた。
彼の一言がきっかけで、じっと黙っていた他の面々も、ふぅ、と無意識のうちに潜めていた息を吐いてがっくりと項垂れる。

「仙蔵の怪談はなんつーか、迫力があんだよ…」

「ふん、何だ留三郎、びびったのか?」

「びびびびる訳ねーだろ!!ばばば馬鹿な事言うんじゃねーよ!!」

「はっはっはっは!!留三郎笑いすぎだ!!」

「笑ってねーよびびってもいねーけどな!!」

食満留三郎、潮江文次郎、七松小平太が騒ぎ始めた中、怪談話をするからと消していた明かりが仙蔵の手によりまた灯り、彼は不敵な笑顔で私に視線を向けた。

「さすが魔女とまで呼ばれる女。まったく表情が変わらんな」

私が知っている中で一番怖い話を選んだつもりだが、失敗か。そう彼は笑って、まだほんの少し湿り気が残る髪をかき上げる。

「魔王と呼ばれる貴方にだけはそんなこと言われたく無いけれどね…さ、文次郎。約束通り、鍛錬に行きましょ?」

負けじとそんな言葉を返して、私は留三郎と一触即発状態の文次郎の首根っこを掴み、ぐいと引っ張った。

「そういえば澄姫と文次郎はまだ装束のままだな?普段天才だ完璧だと触れ回る澄姫が隈男と夜間鍛錬とは、一体どういう風の吹き回しだ?」

きょとりと切れ長の目を見開いて、仙蔵が不思議そうに問い掛ける。誰が隈男だと騒ぐ文次郎を咳払いで黙らせ、私は困ったように眉を下げて笑った。

「別に触れ回ってはいないわよ……実は、こっそり先生に筋力不足を指摘されてしまって。遠距離は問題ないけれど、今のままだと近距離では完全に押し負けるから、もう少し筋力をつけろって」

「えぇ?だって澄姫は女の子だし、多分それ以上鍛錬しても筋肉はつかないと思うよ?」

「だから文次郎にお願いしたのよ、効率のいい力の逃がし方とかけ方を教えて頂戴って」

訝しげに眉を下げた伊作に向き直り、ぴっと文次郎を指差してにこりと笑うと、彼はなるほどと納得して数回頷いた。

「そっか。文次郎は中近距離が得意だし、鍛錬慣れてるから力加減もうまそうだし丁度いいかもね」

そんな伊作の言葉を聞いて、難色を示したのは小平太と留三郎。何で文次郎なんだと詰め寄られ、思わず仰け反る。

「だ、だって馬鹿力の小平太相手に鍛錬なんてしたら一晩で満身創痍にされるし、留三郎は確かに中近距離得意だけれど、貴方の得意武器は鉄双節昆でしょう?あれは筋力に比例して攻撃力も上がる武器だから、教わることなんてないもの」

「馬鹿力って…」

「お、教わることはないって…」

私の言葉を繰り返し呟いてがっくりと床に倒れこんだ2人。完全に無意識だったけれどちょっといい過ぎたかしら?と困惑していると、苦笑いを浮かべた伊作が留三郎の足を掴んで引き摺り始めた。向かう先は、廊下。

「正論だし気にしなくていいんじゃないかな?それより、鍛錬気を付けてね。僕たちはもう部屋に戻るけど、怪我したらいつでも遠慮なくおいで」

にこりと向けられる優しい笑顔。私はふわりと手を振って、ありがとう、と小さく告げて部屋を出て行く彼らを見送った。すると、突然ふわりと頭に置かれたぬくもりに、ぴくりと肩が揺れる。
ゆっくりと顔を上げれば、頬にかかる柔らかな髪。いつ見ても癖一つない彼の少し色素の薄い髪は、するりと私の顔を滑り落ちる。

「……文次郎に、何かされたら…すぐ私の部屋に、来い…」

グスグスとまだ何かを呟いている(多分、寝愚図りじゃないかしら?)小平太を身体にしがみつかせたまま、小さく呟いたのは、私の恋仲である中在家長次。
どこまでも優しい彼に心配を掛けないよう、私はにっこりと笑って、コクリと頷いた。

「わかったわ。ちゃんと気を付けるから、心配しないで」

そう答えると、長次の纏う空気が幾分か和らいだ。
なんだか視線を離すのが惜しくなり、じっと彼と見詰め合っていたら、暑苦しいと仙蔵に部屋を蹴り出された。







「よくもぬけぬけとあんな嘘が吐けるもんだな、女狐」

長次たちを見送った後、学園の裏裏山まで来た私と文次郎。月の光がよく当たる滝の傍で、手頃な岩に腰掛けた文次郎が自分の膝に肘をついて、溜息混じりに呟いた。
そんな彼にぴったりと身を寄せて、私は流れる水をじっと見つめる。

「だって、だって仕方ないじゃない…長次に、皆に、こんなこと言えないわ…」

逞しい腕にしがみつく様に腕を回し、縋るように文次郎を見る。気を緩めれば涙さえ浮かびそうな私を見て、彼は困ったように笑った。

その時、背後でざわりと鳴った木々に、ひっと短い悲鳴が漏れる。

「ったく、ただの風だろ?」

「だって、だって…!!」

「だってじゃねえよ。本当、そこだけは昔から変わんねえな」

そう言って、苦笑しながら頭を掻く文次郎。
そう、昔から、こればっかりは…怪談だけは、どうしても苦手。
1年生の頃から定期的に開催される怪談…低学年の頃は怖がりだななんて笑い話で済んだけれど、何故か怖いものは怖いままで今に至ってしまった。
同級生が居た頃はお願いして一緒に寝てもらったりしていたけれど、いつしか私は1人部屋。勿論一緒に寝るどころか厠に着いてきてと頼む同室の子もおらず、でも怖いから無理なんて言うのは私のプライドが許さない。
同室がいなくなってから初めて行った怪談の夜、長次に一晩一緒にいましょうと誘ったが、彼は顔を真っ赤にして、我慢する自信がないと断られてしまった。
別に私はそれはそれで構わなかったのだけれど、恥ずかしさが勝り有耶無耶になってしまった。
かと言って、伊作に頼んでも彼はきっと骨格標本のコーちゃんを連れてくると思う。連れてこなくても一晩医務室で過ごすのは御免被りたい。だって鼻が曲がりそうだもの。
仙蔵と留三郎は論外。2人はきっと一緒にいてくれると思うけれど、鋭いところがあるからきっと私が怖がっていることに気付く。
留三郎は嬉々として、仙蔵はうまいことぼかしながらもしっかり特定できるように周りに言い触らす。絶対。
小平太に頼もうかとも思ったが、よく考えれば空腹の狼の檻に丸腰で飛び込むようなものだと思い至り却下。

そんな消去法の末、口も堅く、でも頼み事を断りきれない隠れお人好しの文次郎にだけ本当のことを話した。
最初はどこかそわそわして逃げたりしていた文次郎も、私の怖がり具合を目の当たりにし、ちゃんと傍にいてくれるようになった。

「ね、文次郎…誰にも言わないでね…」

過去のことに思いを馳せていたら、徐々に重くなる瞼。
安心できる存在にしがみつきながら、だんだんと夢の世界に引きずり込まれていく。

「変な心配すんな。眠いなら寝ちまえ」

ぶっきらぼうでどこか優しい声。それを聞き終わる前に、私の意識はとぷりと夢の世界に沈んだ。



「…言わねえよ。言う訳ねえだろ、誰にも…長次にも、な」


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実はお化けが怖い澄姫ちゃん。グロ耐性あるのにホラー耐性ないとか萌えるでしかし!!
まゆ様、リクエストありがとうございました



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