脱出成功

長次と八左ヱ門が凄腕忍者と一戦交えている頃、先に部屋から逃がされた小平太と澄姫は、にわかに騒がしさを増した城内を駆け抜けていた。
幸い彼女に抱かれ落ち着きを取り戻したいろはは騒ぐこともなかったので、順調に脱出が出来た。
城を囲む石垣のすぐ傍で待機していた仙蔵率いる情報収集組とも合流が済み、これで一安心かと誰もが安堵の息を漏らしたその時、じゃり、と地面を踏み躙るような音が聞こえ、小平太と澄姫は背後に視線を向ける。
月もない夜の闇に紛れて彼らの目の前に姿を現したのは、見かけない男だった。

「おやおや、困りますねぇ。我らに巨額の富をもたらしてくださる天女様を、お遊びで勝手に連れ出されては…」

ざり、ざり、と耳につく足音を立てながら、ねっとりと絡みつくような不快な喋り方。現れた男は芝居がかった大袈裟な身振り手振りでそう言うと、澄姫に抱かれたいろはに向かって手を伸ばした。

「さあ、天女様。お城に戻りましょう」

「やーっ」

伸ばされた腕にか、それとも男自身にか、とにかく不快感をあらわにして嫌がるいろははぎゅうと目を瞑り、拒絶の言葉を口にする。
それを皮切りに、小平太が苦無を構えてにぃと笑った。
同時に、澄姫も抱いていたいろはを仙蔵に預け、武器を取り出した。

「仙蔵、いろはを連れて先に行っていて」

「待て澄姫、私が」

「仙蔵じゃだめよ。戦ったらすぐに居場所がばれてしまうでしょう?」

いろはを抱きながらも仙蔵がそう申し出るが、彼の得意武器の苛烈さを知っている彼女は小首を傾げながら小さく笑う。

「それに、小平太と貴方たちは皆相性が悪いわ。長次が居ない今、私が一番相性が良いと思わない?」

澄姫の言葉に、仙蔵は眉を顰めながら渋々頷いた。
確かに彼女の言う通り、自分の宝禄火矢はひとつでも爆発したらすぐに衛兵が駆けつけてきてしまうだろう。
近接戦を得意とする尾浜勘右衛門、久々知兵助、不破雷蔵は小平太の動きには合わせにくい。
鉢屋三郎は武術に関しては問題ないが、彼の得意武器の瓢刀は一度打てば軌道修正がきかないので小平太と一番相性が悪い。
伊作は実力はあるがどんな不運が起こるかわからないし、トイペで戦われてはたまらない。
斉藤タカ丸は編入してまだ間もないので戦わせるわけにいかない。
結局の消去法で、遠距離戦法を得意とし、また得意武器もそこそこ威力があり軌道修正もきく澄姫が一番良いと仙蔵も判断したのだ。

「…仕方がない。だが、無理はするなよ」

そう一声掛け、仙蔵はしっかりといろはを抱き、皆を引き連れ学園へと続く森へと向かって駆け出した。
小平太の後ろで身構えた彼女はその言葉にふんと鼻を鳴らす。
その時、彼女の隣を通り過ぎようとした伊作がぴたりと立ち止まり、真剣な顔で彼女の手を取った。

「澄姫、これ。風向きと使いどころには十分気を付けてね」

そう言って小さな丸いものを握らせた。
彼女はそれを見て、げ、と小さく漏らす。

「ちょっと、伊作…こんな凶悪なもの持ってきたの?」

「備えあれば嬉しいな、ってね」

「それを言うなら憂い無し、でしょう…」

呆れたように呟いた彼女にまあまあといつものほんわりとした笑顔を向けて、伊作も遅れて皆の後を追い森へと向かって去っていった。
そんな一連の流れをニヤニヤと見ていた男が、腰に差していた刀をすらりと抜き放ち、べろりと舐めあげる。

「さぁて、もう覚悟は宜しいかな?」

「勿論だ!!」

「来なさいよ、遊んであげるわ」

ぎゅっと得意武器を握り余裕たっぷりに言った2人を見て、男は楽しそうに笑う。

「ほっほっほ……煩い仔猫だ!!」

そう言い放つと、じゃりと地面を蹴って小平太に飛び掛った。
ギリギリまで自身に引きつけて、男の一太刀をかわした小平太は自慢の豪腕を男の腹部に叩き込む。
飛び込んできた速度もあり想像以上の打撃を受けた男が思わずたたらを踏むと、ばしりという音の次に凄まじい勢いで分銅が飛んできた。
それは見事に男の利き腕を撃ち、痛みに刀を取り落とす。
がしゃんと地面に落ちた刀に男が一瞬意識を奪われたその時、小平太が大きく身を捩り、苦無の柄の部分で男の首の後ろを打った。
がはりと大きく咳き込み、地面に倒れ伏せた男は意識もおぼろげで、あっという間に決着はついた。

「何よ、大口叩いてたわりに大したことないわね」

「ははは、こいつキモイな!!」




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特に息も乱さないまま、澄姫と小平太は地面に倒れる男を引っ張り、城から少し離れた場所にある大木にぐるぐると縛り付けた。
しばらく男の目が覚めるのを待っていると、城からざわめきが聞こえ振り返った。すると城壁を飛び越える2つの影が目に飛び込んだ。

「長次、ハチ…無事だったのね」

音もなく駆け寄ってきた2人の名を呼びながら澄姫がそう言うと、長次は黙って頷き、八左ヱ門は照れくさそうに頬を掻きながらぺこりと頭を下げた。
お互いに状況の報告をし合っていると、足元からううん、という唸り声が聞こえ、4人は一斉に視線を落とす。
先程負かした男が気が付いたようで、薄目を開けながらぼんやりと周囲を見渡していた。
小平太が視線を合わせるようにしゃがみこみ、普段の太陽のような快活な笑顔で気が付いたか?と問い掛けると、やっと意識がはっきりしたのか、ひっと短い悲鳴を漏らした。

「いやだ、大きな声を出さないで頂戴?」

徐々に大きくなっていくドクササコ城内のざわめきを背に、澄姫が可愛らしく言いながら、男の正面にしゃがんでいた小平太の肩を押して退かした。

「澄姫?こいつから話聞くって長次が言ってたぞ?」

「そうよ、でもだんだん城が騒がしくなってきてるわ。手早く聞かないと」

「だから私が…」

「貴方、確か前の実習でもそう言ってひとつ質問するたび気絶させてたでしょう…」

「うん!!」

彼女の言葉に元気よく頷いた小平太は自慢の豪腕をぶんと唸らせる。その姿を見て青褪めた八左ヱ門はこの際無視して、澄姫は気を取り直し男の前にしゃがみこんだ。

「素直に話してくれたすぐ開放してあげるわ。勿論、酷いこともしない」

にこりと綺麗に笑った澄姫。だが、男は彼女の恐ろしさを少し前に身に沁みて理解しているので、黙ってこくこくと頷き、進んで口を開いた。

「すみません、すみません!!私は荒巻剛三と申す陰陽師の見習いでございます!!一月前までしっかりと師に習っておりましたが、その…厳しい師だったもので…それで路頭に迷って偶然この地を通りかかったら、ここの城主が陰陽師を探しておりまして…」

「それは例の“禁呪”関係のことで、かしら?」

「その通りでございます!!それで、私は見習いということを隠し、城主に謁見し…見よう見まねで術の真似事を行いました…」

男の発した“見よう見まね”という言葉に、4人は顔を見合わせる。

「すると、丁度嵐のような天気になり…すっかり私を信用したドクササコ城主毒笹子市村様が地位と金を与えてくれたのです…私はつい目が眩み、それで天女の噂をでっち上げ、適当に女児を探させ…頃合を見て逃げるつもりでした…」

「……戦を、長引かせたのは…」

「あ、それも私です。戦になると町民から金銭を徴収するのですが、それらをちょっと…小遣いの足しに…」

開いた口が塞がらないとは、まさにこういうことを言うのだと思う。
八左ヱ門は掌で顔を覆い、小平太は呆れたように腰に手を当て、長次は薄気味悪い笑みを浮かべ、澄姫はというと…

「…まさか、いろはを浚ったのって…単なる偶然?」

「…いやー…あっはっは…」

誤魔化すように笑う男…荒巻剛三を見て、彼女はわなわなと手を震わせる。
荒巻の話だと、つまり、いろはが現れた原因にこの男は全く関係がなく、それどころかいろはが浚われたのも単なる偶然で、あの天女の噂も自作自演の真っ赤な嘘で…

「つまり、私たちは勝手に勘違いして勝手に焦って…」

かああ、と顔を掌で覆った澄姫の耳が赤く染まる。悪い偶然が重なり過ぎたとはいえ、真相を紐解いてしまった今ではただただ恥ずかしいばかりだ。
こうなるともう恥ずかしすぎて腹が立ってくる。
4人は無言で頷き合うと、小平太と八左ヱ門が未だ暢気に笑っている荒巻の両脇に立ち、勢いよく彼の衣服を剥ぎ取った。
そしてこの男との戦いの前に伊作から受け取った小さな丸いものを、赤い顔のままの澄姫が勢いよく口の中にぶち込む。
小さな丸いもの…伊作特製の目潰しだかもっぱんだか色々な効果を凝縮した劇薬…を口の中で潰された荒巻が咽つつ顔から出るもの全部出しながら悶え苦しんでいると、長次が懐から紙と筆を取り出し、さらさらと何かを書き綴り、とどめとばかりに勢いをつけてそれを男の額に貼り付けた。

「帰るわよ!!」

流れるような動作で各々の怒りを荒巻にぶつけると、4人はドスドスと足音荒く学園に向かう森に消えていった。



その後暫くして、ドクササコ兵に発見された荒巻は褌一丁で顔をぐちゃぐちゃにし、その額には達筆で『全て私の謀です。騙してごめんなさい』と書かれた紙を貼り付けていた。
稚拙な嘘と全ての悪行がばれたことにより、荒巻は全ての財産を没収されたうえドクササコ領地を追放されたらしい。


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