戦闘開始

的確に足元を狙って打ち込まれる縄標をかわしながら、凄腕忍者はふんと鼻で笑った。

「お前たち、さっき忍術学園と言っていたがひょっとして忍たまか?」

「だったらどうした!!」

「甘く見られたものだ。2人がかりとはいえこの俺をどうにかできると思ったのか?」

凄腕忍者が縄標を避ける先に回り込んだ八左ヱ門が微塵を振るうが、すんでのところでかわされてしまう。
余裕が滲む凄腕忍者の言葉に怒りをあらわにして怒鳴るが、そんな八左ヱ門の姿を見て長次はこっそりと額に汗を滲ませた。
ある程度覚悟はしていたが、やはりたかが一年されど一年、その差は顕著に現れてしまっている。
普段小平太と組んで戦う時よりも、タイミングがワンテンポずれているのだ。
別に八左ヱ門が弱いわけではない。小平太の身体能力が人並みはずれているだけ。
しかしそれはどうやら致命的で、どうしても狙った先に八左ヱ門が追いつけない、という状況。
かと言って長次も近接戦に切り替えてしまうと、牽制ができない分八左ヱ門が危険に晒されるかもしれない。
なんとか打開する策はないものか、と考えを巡らせていると、何かが顔の横を掠めた。反射的に避けたものの、長次の頬に赤い線が生まれる。

「中在家先輩!!」

「プロを相手に考え事とは、些か油断しすぎじゃないか?」

こばかにしたような凄腕忍者の言葉に内心ムカッとしながらも、長次は左の親指で頬に滲んだ血を擦る。幸い毒は仕込まれていないようだが、暗器使いとは厄介だ、と小さく舌打ちをした。
しかし、それにより嬉しい誤算が生じる。

「………くっそぉぉぉ!!」

まるで獣のように大きく吠え、八左ヱ門が凄腕忍者に飛び掛る。その動きは先程までとはうってかわって、小平太に匹敵するほどの速さだった。

「ぐっ、あ!!」

体重を乗せた八左ヱ門の微塵の打撃をもろに背中に浴び、追撃として放たれた蹴りで凄腕忍者の体は吹き飛ばされる。
すぐに体勢を立て直そうと体を起こした凄腕忍者だったが、間髪入れずに打たれた長次の縄標に右手の袖を打ちぬかれ、壁に縫いとめられてしまった。

「……忍たまだと思い、侮ったな…」

「だから、聞こえないっつーの…」

仏頂面の長次の言葉に、凄腕忍者はがっくりと項垂れてぼそりと呟いた。
そんな凄腕忍者の首元に微塵から持ち替えた苦無を突きつけ、八左ヱ門が低い声で問い掛ける。

「答えろ、ドクササコは何を企んでいる」

齢十四とは思えないほどの威圧感に、凄腕忍者はくつくつと笑い、大きく息を吐くと、静かに口を開いた。

「詳しくは知らん。ただ、突然現れた男が殿に取り入り、妙な戦を仕組んでいる。俺は殿に忍術学園にいる幼い娘を連れて来いと言われただけだ」

それだけ呟くと、凄腕忍者は目にも止まらぬ速さで八左ヱ門の腕を取り、ねじ伏せ、あっという間に天井の梁に飛び移った。
それを目で追い、長次はなるほど、と顎に手を当てた。

「……これで、いろは=天女ということは確定のようだ…いろはが学園に現れたのも、その陰陽師の仕業、かもしれん…」

「え、どういうことですか?」

「……ドクササコ城主が陰陽師と組んで禁呪を使い、何かを企んでいる…と、以前聞いた。その禁呪が、もし、神隠しの原因だとしたら…」

「……!!」

「……あくまで憶測だ。その陰陽師、荒巻と言ったな…直接話を聞いたほうが良さそうだ…」

長次の言葉に、八左ヱ門が大きく頷く。そして颯爽と部屋を飛び出していった、が、ふと、長次が突然立ち止まり振り返って、梁に佇む凄腕忍者を見た。

「…まだ何か用か?」

「………いいや、娘を叩いたことは、今回のことで手打ちにしておく…」

そう言って長次は小さく笑い、聞き返されても無視して部屋を後にしようとした。
そんな彼の背後に、ふん、と照れの混じった鼻息が投げられる。

「別にお前たちのためではない。俺はあの男を信用していないし、お前の娘がビービー泣いてうるさいから…」

そこまで話し、突然梁からドスンと凄腕忍者が落ちてきた。
彼は目を見開いて、震える手で長次を指差している。

「むっ、むっ、娘だとォ!!?」

そのあまりにも驚いた姿に逆に驚きながらも、長次は親切にこくりと頷いた。

「……あぁ。いろはは、私と…先に逃がした澄姫の、娘だ…」

未来の、だけれど…という言葉は声に出さないまま、長次は部屋を飛び出していった。

戦闘の跡が色濃く残る部屋の中で、凄腕忍者は1人頭を抱えて蹲った。
俺なんて結婚もまだなのに、最近の若いもんは…と苦々しく零しながら。


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