勝負
(澄姫視点)
長次に別れを告げられた翌朝、ショックより怒りが強すぎてあまり眠れなかった目を誤魔化し、私は食堂に向かった。
そこではあの程度の女に唆された忍たま共が楽しげに天女様天女様と、まるで砂糖に集る蟻のようにカウンター周辺にまとまっていた。
私は塵を見るような目つきでその集団を一瞥し、困り顔のおばちゃんに声をかけた。
「おばちゃんおはよう。A定食をいただけますか?」
「おはよう澄姫ちゃん。朝から騒がしくてごめんねぇ…はいどうぞ。」
うるさいのはあの集団だと言うのに、おばちゃんが申し訳なさそうに謝罪するので、私は片手で定食を受け取り、開いたもう片方の手でおばちゃんの手にそっと触れる。
「いやだ、どうしておばちゃんが謝るの?そんなことより、今日もとってもおいしそうな
朝ごはんね。ありがたくいただくわ」
そうにっこりと笑うと、おばちゃんも嬉しそうに笑ってくれた。
さて、おばちゃんのおいしいご飯は今日もこの美しい私の血となり肉となる。そんな名誉なご飯をどこで食べようかと振り返り空いている席を探すと、食堂の奥にボッサボサの灰色が見えた。
私は迷わずその灰色に向かって歩き出す。
途中にぎやかしい井桁模様が元気よく挨拶してきた。
その中には我が生物委員会の一年生、三治郎と虎若の姿も見えたので、は組みの子たちだ。
私はにっこりと満面の笑顔で挨拶を返してやり、ついでとばかりに通り過ぎさま一番近くに居た赤毛の子の柔らかな髪を撫でてやった。
背中に「乱太郎いいなー」とか「不運委員のくせに」とか聞こえてきた。
そうでしょうそうでしょう。この忍術学園一の美貌を誇る私に撫でられたんだものね。
あまりにも素直な一年生の声が心地よく、にこにこしながら目的の机に食事を置いた。
正面で苦笑している灰色はやっぱりハチで、その隣には珍しく孫兵も居た。
そのすぐ傍には仙蔵と小平太、三木が朝食を取っていた。
「孫兵、ジュンコ、おはよう。ハチと小平太は朝からよく食べるわね」
「おはようございます。澄姫先輩」
「っす!成長期っスから!」
二人の返事を受け止め、私も箸を手を取り食事を始めた。
相変わらずおいしいおばちゃんのご飯を食べていると、一足先に完食したらしい仙蔵がお茶を飲みつつ私の顔を見てフン、と鼻を鳴らした。
「澄姫、昨日何があった」
小平太はさっきからずっと我関せずでご飯をガブガブとおかわりし続けている。
私は彼の横に高々と詰まれた茶碗を目で数えながら、仙蔵の質問に答えた。
「長次に別れを告げられたわ」
その言葉を聞いた途端、我関せずだったはずの小平太が勢いよくご飯を噴き出した。
三木と孫兵も口からお茶を垂らし、ハチに至っては箸を噛み砕いたようでバキリという音が聞こえた。凄い顎の力。
「汚いわよ、皆…」
美形代表とまで謳われた三木や孫兵の情けない姿に、私は思わず溜息を吐き持っていた手拭で孫兵の口を強めに拭ってやる。
そんな異様な光景の中、相変わらず涼しげな顔で仙蔵は続きを促してきた。
「それだけではないだろう。その怒りの原因はアレか?」
そう言って視線だけで天女を指すので、頷く。
「ええ。昨日面と向かってね、この私に宣戦布告してきたのよ彼女。『貴女みたいな美人でも振られるのね』ですって」
昨日のことがまた鮮明に思い浮かんできて、思わず手に力が篭る。
「『長次くんに振られるとか、悪いけど笑っちゃう』ですって」
ズダン、と重々しい音を立てて箸を机に置き、私は食事を終えた。
「だからね、私思ったの。この忍術学園一の美貌を持つ私が振られたなら、私のつま先にさえ及ばないアレも振られるべきよね?この成績優秀で文武両道才色兼備を地で行く私を傷つけたなら、アレは然るべき断罪を受けるべきよね?」
そう言ってにっこりと笑うと、仙蔵はことりと湯飲みを置き「そうだな」と笑って同意してくれた。
「で、でも、一体どうしようってんですか?」
いつの間にか私から距離をとってハチの背中に隠れ震えていた三木と孫兵を宥めながら、ハチが心配そうに問いかけてきたので、私はあっけらかんと答えてやった。
「別に、アレと同じことをするだけよ」
「同じこと、ですか?」
鸚鵡返しのように三木が首を傾げるので、私はにっこりと笑って頷いた。
「ええ、同じこと。取られたモノを取り戻すだけよ」
その言葉に、今までずっと固まっていた小平太がやっと動いた。
「それってつまり、澄姫がアレに集ってる連中を誘惑するってことか?」
その言葉に私は肯定の返事をし、食べ終えた食器を片付ける。
「アレの悔しがる顔が目に浮かぶわ」
そう残し、席を立った。
カウンターのおばちゃんに食器を返し、食堂に来たときとなんら変わらず楽しげにはしゃぐ女を視界の端にさえ捉えもせず、私は教室に向かった。
−−−−澄姫退室後−−−−−−
「これは面白いことになってきたな」
至極楽しそうに仙蔵が喉を鳴らして呟く。それを聞き、引き攣った笑いで八左ヱ門が
「いやいや立花先輩…笑い事じゃないですって…」
と諌めようとするも、ようやく食事を片付けた小平太が頭の後ろに手を組んで
「でも澄姫に誘惑されるとかいいなー」
などとぼやきながら、天女の周りで笑う同級生を見た。
そんな余裕な6年生2人と、どこまでも苦労性な5年生を遠い目で見つめて
「澄姫先輩を敵に回すとか…」
「僕なら死にたくなります…」
三木ヱ門と孫兵は小動物のようにプルプル震えるしかなかった。
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