侵入成功

ゆっくりと西に傾いてきた太陽を背に、長次と澄姫は町外れの小川からドクササコ城をじっと見ていた。
彼らの胸中を占めるのは、姿を消してしまった未来の愛娘いろは。

「…あの子に酷いことをしていたら、絶対許さない」

静かな怒りを滲ませて呟いた彼女の手を、長次がそっと握る。
まだまだ短い間だが、一緒に過ごすうち本当に自分が生み育てた娘のように感じ始めていた彼女は、焦燥感を無理矢理押し込めるため、ぐっと唇を噛んだ。
そんな彼女の目の前に、突然影が落ちる。

「小平太と竹谷は?」

「……腹拵えに、行った…」

影…情報を持った文次郎がきょろと辺りを見回し、見当たらない友人と後輩の行方を尋ねると、小さな声で長次が答えた。
その返答にがしがしと頭を掻いて、あいつら緊張感ってもんを知らんのか、と苦々しく呟くと、ごほんと咳払いをひとつして、先程収集した情報を2人に伝えた。

黙って話を聞き終わった2人は、揃って頷くと、同時に甲高い音で指笛を吹く。
一体何事かと不思議に思った文次郎が首を傾げていると、遠くからどどどど、という地鳴りが聞こえてきた。

「長次、呼んだか?」

「澄姫先輩、お呼びですか!?」

その地鳴りを引き連れて…というか地鳴りの原因の2人、七松小平太と竹谷八左ヱ門は頬にご飯粒をくっつけたまま猛ダッシュで現れ、ぴしっと姿勢を正して長次と澄姫の前に立つ。
作戦決行の時間よ、と静かに告げる澄姫の後ろで、まるで忠犬のような2人の態度を目の当たりにした文次郎は1人額を押さえて俯いた。

「文次郎、どうかした?」

「いや、なんでもねぇ…気を付けろよ」

「大丈夫よ、殺さないから」

「そうじゃねぇ!!いや、まぁ…ほどほどにな…」

「勿論。死んだほうがマシだと思うくらいのことはするつもりだけれど」

「………おい、長次。お前しっかり止めろよ」

「……大丈夫だ…十分の九あたりでちゃんととどめをさす…」

「だめだこいつら!!」

「……冗談だ…」

「わかりにくいっつぅの!!」

「なはははは」

冗談なのか本気なのかわかりかねる長次と澄姫の言葉に翻弄された文次郎と、いつもどおり暢気に笑う小平太。
そんなやりとりを黙って見ていた八左ヱ門は、どうか面倒なことになりませんようにと1人沈みゆく太陽に願っていた。勿論、無駄だと知りながら。








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すっかりと宵闇に包まれた城下町。
松明の明かりだけが照らすドクササコ城に、顔の半分を覆面で覆った4人の影がひらりと舞い込んだ。
いろは奪還に向けてとうとう動き出した長次、澄姫、小平太、八左ヱ門は文次郎たちが調べ上げた城内の見取り図をしっかりと頭に叩き込み、いろはがいる部屋に向かって駆ける。

塀を飛び越え、長い廊下を走り、時には身を隠し…目的が目的だけあってプロ忍すら舌を巻くような身のこなしで、彼らはあっという間に城内を進んでいく。
そしてついに、もう聞きなれた泣き声が耳に飛び込んできた。
天井裏を進んでいた彼らがそっと節穴から部屋を覗きこむと、そこにはドクササコの白目忍者がいろはを抱きかかえあやしているところだった。
火がついたように泣いているいろはを必死に宥め、周りに散乱しているおもちゃやお菓子を代わる代わる差し出し、それでも泣き止まないいろはに白目のほうも泣き出しそうである。
どうやら酷いことは一切されていないその様子に、澄姫はホッと胸を撫で下ろした。
そのまま隙を見ていろはを奪還しようと言うことになったがしかし、そう上手く事は進まない。
苦肉の策で高い高いといろはを抱え上げた白目忍者。ギャン泣きして上を見ていたいろはと、その様子を見ていた澄姫の視線が、ばちりとかち合った。
彼女がしまったと思ったときには既に遅く、いろははぴたりと泣くのをやめて天井に向かい手を伸ばし、大きな声でかあさま、と叫んだ。
驚いた白目がいろはの視線の先を見るより早く、小平太が天井をぶち破りすとりと部屋に降り立つ。
そして目にも止まらぬ速さで白目を背後から拘束し、大きな声を出すなと首元に苦無を突きつけて仲間を呼ばれないように先手を打つ。
こくこくと頷く白目から切っ先を離さないまま、小平太は目だけで合図をし、長次、澄姫、八左ヱ門も音を立てないように部屋に降り立った。

「かーさま!!とーさま!!」

まだ白目に抱かれたまま懸命に手を伸ばしているいろはに、彼女は駆け寄り奪うように取り上げぎゅうと抱き締めた。

「いろは、いろは、心配したのよ…」

「かぁさま、かぁさまぁ…うぇぇぇ…」

しっかりと澄姫の装束を握り締めて、もう離れないと言わんばかりにしがみついているいろはの姿を見て目を潤ませている八左ヱ門。
しかし次の瞬間、驚くべきことが起こった。


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