現状把握

一方、ところ変わってドクササコ城のある一室。
ひっくひっくとしゃくりあげながら涙を滲ませ、小さな体を更に縮こませながら眠るいろはを囲んだドクササコの忍者たちが、じとーっと凄腕忍者を睨みつけていた。

「…誘拐犯」

「こんな小さい子を浚って泣かせて…」

「可哀想…」

「見損ないましたよ」

「仕方ないだろ!!殿の命令なんだから!!」

顔を…否、声を大きくしてそう叫んだのはいろはを浚った張本人、ドクササコの凄腕忍者。
しかしその怒鳴り声すら、普段は全然使えない部下たちに諌められてしまう。

「大きな声を出さないでくださいよ。折角寝たのに、起きちゃったら可哀想じゃないですか」

冷たさを含んだその言葉。しかし正論だけあって、凄腕忍者はぐうの音すら出なくなる。
俺1人だけ悪者かよ、と小さく呟いて、凄腕忍者は深い溜息を吐いて頭を抱えた。その背後で、部下たちは眠るいろはを覗き込み、揃ってでれっとだらしなく顔を蕩けさせる。

「…かーわいいなぁ…」

「いくつくらいなのかなぁ?」

「手も顔も、もう全部小せぇなぁ…」

誰ともなくそう呟かれた言葉に、うんうんと頷き合う。
暫くそう呟きながら寝顔を眺めていたが、気付かないうちに声が大きくなっていたのか、いろはの長い睫がふるりと揺れた。

「あ、起きちゃった…」

ポロリと誰かから零れた呟きを聞きながら、寝惚け眼をくしくしと擦っていたいろはだったが、だんだんと覚醒し出した頭で知らない人、知らない場所を察知し出したらしく、その大きな瞳にどんどんと涙が溜まっていく。

「…かーしゃま、とーしゃま………うっ、うぇぇぇ…」

ぼろぼろと赤い頬を涙で濡らしていくその姿を見て、胸を刺すような痛みを感じたドクササコ忍者の面々があわあわと用意していた綺麗な着物やおもちゃなどをいろはの前に差し出したその時、部屋の隅っこで拗ねていた凄腕忍者がふんと鼻を鳴らし、鋭い眼でいろはを睨みつけた。

「びーびーと喧しいガキだ」

そう吐き捨てるように呟き、あろうことか平手でいろはの頭を叩いた。
驚きと恐怖のあまり固まってしまったいろはだが、叩かれた場所がじんわりと痛み始めたのか、小さな手で叩かれたところを押さえ、ぐすぐすと鼻を啜りながら悲しそうな瞳で凄腕忍者を見つめた。

「ひっく…どして?どしてたたくの?いっちゃ、わるいこと、なーにも、して、ないのにぃ…!!」

わぁぁ、と大きな声で泣き始めたいろはを見て、一瞬怯んだ凄腕忍者。しかし、それよりも彼の部下たちの反応のほうが凄まじかった。

「何やってるんですかこんな小さい子に!!しかもこの子は女の子ですよ!?」

「おーおー、よしよーし!!痛いの痛いの、あのおじちゃんに飛んでいけー!!」

「怖いおじちゃんにはあっち行っててもらおうねー」

「あ、そうだ、お菓子があったんだー!!ほらほら、おいしいよー?」

矢継ぎ早に繰り出されるいろはを慰める言葉。白目さんに抱きかかえられたいろはの目の前に、お菓子やおもちゃがどんどんと並べられる。
まるで一国の姫のような待遇だが、いろははひたすらに父様、母様と泣いて見向きもしない。
すっかりペースを乱された凄腕忍者の視界は忠誠心の欠片もない部下たちの背中で埋まり、小さないろははあっという間に見えなくなる。

「……子供の扱い方なんて、しらねぇよ…」

不貞腐れた凄腕忍者の呟きは、いろはの泣き声に掻き消された。






幸い、取り込み中だったためか凄腕忍者にも気配を悟られないまま、文次郎と三郎と兵助はドクササコ城から撤退することが出来た。
少し離れた森まで一度引き、城下町へ戻り、仙蔵たちと合流予定の茶屋で城の見取り図を書いていた時、突然手元が暗くなって、兵助はがばりと顔を上げた。

「やあ」

「あ、えっと…曲者の…タソ、タソガレ昆奈門さん?でしたっけ?」

「色々惜しい。何その売れない芸人みたいな名前」

3人が顔を上げたその先には、武士…のような姿に変装して入るものの相変わらず顔が包帯ぐるぐる巻きなので完全に不審者にしか見えない雑渡昆奈門が立っていた。
普段ならいの一番に飛び掛っていく文次郎も、今回ばかりは澄姫経由で彼が敵ではないことを聞かされているので、仏頂面ながらも大人しく茶を啜っていた。

「流石、情報が早いですね」

嫌味をたっぷり含ませて三郎がそう言うと、さして気にもせず昆奈門は頷いた。

「うん。タイミング良くうちの尊奈門が遊びに行ったらしくてね、慌てて駆けつけたよ」

「よく言うぜ」

湯飲みを口に付けたまま、小さな声でそう唸った文次郎。どことなく棘がある2人を宥めつつ、兵助が現状と作戦を説明すると、昆奈門は成程、と頷き、包帯越しに口角を吊り上げた。

「いい作戦だ。では私は“もしも”の時の助力にだけ徹することにするよ」

そう言って、開いている場所にどかりと腰掛け、団子とお茶を注文した昆奈門を見て、文次郎は憎憎しげに、喰えない奴だ、と呟いた。


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