奪還準備

澄姫が準備を済ませ正門の前に行くと、遠くからでもはっきりとわかる木下先生の怒鳴り声が聞こえた。

「いい加減にせんか!!気持ちはわかるが、お前たちにはまだ危険すぎる!!」

「わかっています!!それでも、じっと待っているなど出来ないのです!!」

なにやら激昂している担任をまあまあと宥めている尾浜勘右衛門と久々知兵助、そんな彼らを少し遠巻きに眺めている鉢屋三郎と不破雷蔵と竹谷八左ヱ門。
それらを一瞥した彼女は、一体何を揉めているのかと傍にいた伊作に声を掛けた。

「あ、澄姫。準備できた?」

「出来たけれど…一体どうしたの?どうして4年生が?」

「うーん、それがね、彼らいろはちゃん救出について行くって聞かないんだ。まだ実戦経験も浅いし、ドクササコには凄腕忍者がいるから危ないって言ってるんだけど、聞かなくて…まあ滝夜叉丸にしてみれば可愛い姪っ子が浚われたわけだから気持ちはわからなくもないんだけど…」

伊作の言葉になるほどと頷いて、澄姫は改めて怒鳴り声の方向を見る。
そこには確かに自分の弟と、普段は個性が強すぎて協調性なんてひとっ欠片もありゃしないはずの紫たちが、珍しいことに必死で頭を下げていた。

「………仙蔵」

「なんだ」

その光景を見て、彼女は普段よりもどこかそわそわしている友人を呼んだ。

「部隊編成をしましょう。とりあえず先行隊として文次郎、三郎、兵助を向かわせて、正面からの情報収集は仙蔵、伊作、雷蔵、勘右衛門…それから、そうね、タカ丸くんに行ってもらいましょう」

彼女のその言葉を聞いて、紫たちが一斉に頭を上げる。

「…そうだな、それがいい」

少しの思案の後、彼女の言葉に同意した仙蔵に、木下先生がばかもの、と一喝した。

「お前たち、これは遊びじゃ…」

「勿論、私たちは真剣ですよ、木下先生」

「それに考えてもみてください。ドクササコは凄腕以外は無能とはいえ、数が多いです。それにタカ丸くんは元髪結い…情報収集にこれほどうってつけな人物はいませんわ」

仙蔵と澄姫が揃って整った顔に華やかな笑みを浮かべる。絶対に腹にイチモツを抱えている魔王と魔女のその微笑に、木下先生は暫く何かを考えた後、諦めたように大きく息を吐いた。

「……わかった、わかった。何か考えがあるんだな、ならもう何も言わん。ただし、自分の身は自分で守れ、いいな!?」

そう強く言い含め、木下先生はばしりと滝夜叉丸の背中を叩き、正門に凭れ掛かってこっそりと笑った。
それを見た仙蔵と澄姫も小さく笑い、改めて全員を集めて部隊編成の指示と各自の行動内容と目的を話し始めた。

「よし、では先行隊として文次郎、鉢屋三郎、久々知兵助は先駆けドクササコ城に忍び込み、見取り図といろはの居場所を把握しろ。
次に正面からの情報収集は伊作、私、不破雷蔵、尾浜勘右衛門で向かう。我々は城下町及びドクササコ城周辺にて陰陽師関係の情報を集めるぞ」

「そして、本隊は私と長次、護衛として小平太とハチについてきてもらおうかしら。
留三郎と滝は退路の確保、喜八郎は念のため退路にトラップを仕掛けて頂戴。
それから、これが一番重要よ。三木は周辺からの狙撃や敵の追尾をしっかりと見張って頂戴。貴方なら夜目が利くから出来るわよね?浜くんには三木が集中できるように、身辺警護をお願いするわ」

2人の指示に全員が頷き、早速文次郎が三郎と兵助を率いて正門を飛び出していった。
部隊別に再度集まり、更に詳しい作戦を立てている中、小さく小さく息を吐いた澄姫。
そんな彼女の肩を、八左ヱ門が遠慮がちに叩いた。

「澄姫先輩、大丈夫ですよ」

「ハチ…」

「さくっといろはちゃん取り返して、さくっと学園に帰りましょう。ね?」

太陽のような笑顔でそう励ましの言葉をかけてくれた八左ヱ門に、澄姫は軽く笑いながらしっかりと頷いた。
後輩の心遣いに感謝していると、突然彼女は、あ、と何かを思い出したかのようにぽんと拳で掌を打つ。

「そうだわ忘れてた」

うっかり、とでも言いたげな表情でそう言うと、澄姫はくるりと振り向いて背後で何かを喋っていた長次と小平太に声を掛けた。
何か大事な作戦だろうかと同じく耳を傾けた八左ヱ門だったが、彼は数秒後、それを物凄く後悔することとなる。

「長次、小平太にもう」

「……ああ、今…」

「澄姫、澄姫!!長次がな、ドクササコ忍者を見つけたら手加減しないでいいって!!バレーも塹壕堀りもなんでも好きなだけやっていいって!!本当にいいのか?あとでやっぱりダメだって言わない?」

「勿論。全力でいいわよ」

「やったー!!いけいけどんどーん!!」

「あわわわわ…」

作戦でもクソもなく、けろりとした顔で猛獣を全力で遊ばせる指示を出していた長次と澄姫に、八左ヱ門は愛娘を浚われた両親の怒りを全身で感じ取った。


[ 121/253 ]

[*prev] [next#]