情報収集

その後戻ってきた吉野先生により、いろはがドクササコに連れ去られたという情報はあっという間に全校生徒の耳に入った。
それを聞いた学園長先生は大事な大事な孫娘を浚われたことに大層腹を立て、授業を中断させ全校集会を開き、結束して『いろは奪還大作戦』を決行するはこびとなった。

「よいか!!なにが何でもいろはちゃんを無事に連れ戻すのじゃ!!各々持てる力を全て発揮し、使えるものは何でも使え!!」

勢いよく発せられたこの言葉を聞き、生徒たちはおろか先生たちの目にもギラギラとした怒りが浮かぶ。
いろはが現れてからまだそんなに日は経っていないが、すっかり骨抜きにされた彼らにとっては、大事な大事な宝物を奪われたに等しい。

「いろはちゃんの両親である中在家長次と平澄姫を筆頭に、早速行動開始じゃァァ!!」

年甲斐もなく張り切っている学園長の言葉にいつもは不平不満を洩らす生徒たちも、今回ばかりは腕を高く突き上げてオー、と気合の入った返事をした。

早速情報収集に動こうとした6年生たち。そんな彼らの袖を、つい、と小さな手がひいた。

「善法寺伊作先輩、情報収集は僕ら1年は組にお任せください!!」

「乱太郎…でも、できるのかい?」

ふわふわの赤毛を揺らしてしっかりと頷く浅葱色の少年に、遊びじゃないんだよ、と優しく言い含める伊作だったが、乱太郎の後ろにずらりと並んだ1年は組の良い子たちの真剣な眼差しに、くるりと澄姫を振り返った。

「僕たちは真剣です!!一刻で、絶対情報を集めてきますから!!」

「一刻で!?」

乱太郎の言葉に同意するように、真剣な顔ではっきり物凄い宣言をしたのは、1年は組の学級委員長、庄左ヱ門。
11対の真剣な眼差しはキラキラと6年生たちを突き刺しており、彼らは困ったように顔を見合わせて口を噤んだ。
すると、良い子達の担任である山田先生と土井先生が顔を出して、やらせてあげてくれないか?と眉を下げて頼んできた。

「この子達も、可愛い妹分が浚われたとあって何かできることはないかと必死なんだよ」

「一刻だけ、時間をやってはくれんか?」

私たちで出来る限りフォローはするから、と言われ、長次と澄姫は顔を見合わせて小さく頷いた。
それと同時にわっと走り出してどこかへ行ってしまった1年は組に、ほんの少しだけ不安を感じながらも、6年生たちはとりあえず作戦会議のために食堂へと向かった。





それから丁度一刻後、わらわらと食堂に集まり始めた1年は組の面々に、6年生は目を剥くこととなる。

「よーし、全員戻った!!では各自集めた情報を纏めよう!!」

6年生の目の前で庄左ヱ門がそう言うと、まずは染物屋の息子である伊助がハイ、と元気よく手を上げた。

「まず僕から!!数日前、うちにバランスの悪い顔をした男が可愛い反物を買いに来たって父ちゃんと母ちゃんが言ってました!!まだ独身ぽいのに、子供向けの着物を数着仕立てて欲しいって言ってたから、おかしいって!!」

「僕のうちにも、あほみたいな顔の男から大量の炭の注文がありました。じいちゃん曰く、身のこなしが忍者だったと…一緒に来た虎若に聞いたら、ドクササコの忍者じゃないかって!!」

実家が商売をしている伊助と庄左ヱ門がそう言うと、庄左ヱ門に同行したらしい虎若が頷きながらあの顔は忘れられないもん、と小さく呟いた。
すると次にずいと前に出てきたのは、名物三人組である乱太郎、きり丸、しんべヱ。彼らも同じく顔を見合わせて頷きあうと、乱太郎から順番に口を開いた。

「僕も父ちゃんから妙な噂を聞きました。最近、ドクササコが戦をしていないって。父ちゃんの仕事仲間の今和野紀極三さんが、色んな町の子供の様子を伺うドクササコの草井兵四郎を見かけたって言ってました!!」

「ぼくのおうちが南蛮からの輸入品をお届けしているお屋敷でも、最近忍が現れたって話を聞きましたぁ。あと、学園の近くの町で、最近見かけるようになった女の子がいないかって聞いてまわってたみたいですぅ」

そう必死に話すしんべヱを見て、留三郎が何故か鼻を押さえていた。
すると、真剣な顔をしたきり丸が、長次の袖をくいくいと引っ張る。
後輩の真剣な眼差しに長次が身を屈めると、きり丸はこくりと喉を鳴らし、低い声で話し始めた。

「おれ、多分一番とんでもない話、聞いちゃいました」

「…とんでもない、話?」

「町で戦関係のアルバイトを仲介してる人に聞いたんです。内緒なんだけど、ここ最近ドクササコの軍で妙な噂が立ってるって。その噂って言うのが、えーっと…“紙の装甲ととも煮洗われる練乳は、あたたのモミを漏らす”だったかな…?」

「……?」

人差し指で頭を押さえつつ必死に噂を伝えたきり丸だが、その内容が全くの意味不明で長次はゆっくりと首を傾げ、困ったような目で居合わせた土井先生を見た。
各自一生懸命に情報を集めてきたは組の良い子達の姿を温かく見守っていた土井先生も、さすがにきり丸の言葉を聞いてすっ転んでおり、小さくえーとと呟きながら眉間に指を当てていた。

「きり丸×移動距離÷時間だから…恐らくその噂は“神の咆哮と共に現れる天女は、数多の富をもたらす”…というところか?」

土井先生の翻訳で人語になった噂を聞いた6年生たちは、揃って顔を見合わせる。そして、確信の篭った瞳で頷きあった。

「すごいな、本当に一刻で十分な情報が集まったぞ」

「いろはを浚ったのは学園に忍び込んだドクササコの凄腕忍者で間違いない。ドクササコ城主は陰陽師と手を組み何らかの手法でいろはを呼び、手違いで学園に現れたいろはの情報をどこかで手にし、目的のために浚った。つまりいろはは現在ドクササコ城にいる可能性が極めて高い。そして、目的がある以上、危険な目に遭いはしないだろう」

留三郎の賞賛に頷きながらも、仙蔵が冷静に状況の整理を行う。
山田先生と土井先生は予想以上の働きをしたよい子達を思いっきり褒め、学園長先生への報告は1年は組に任せ、6年生と5年生はこれからすぐ出発の準備を済ませて木下先生同伴でドクササコへ向かうようにと指示を出した。

かくして、忍術学園総力を挙げての【いろは奪還大作戦】はとうとう幕をあげたのである。


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